「ディストピアの中の男女って、それだけでもう……」有川ひろ不朽の名作『塩の街』を弓きいろが漫画化!『図書館戦争 LOVE&WAR』シリーズのタッグ再び

マンガ

公開日:2022/4/9

有川ひろさん、弓きいろさん

 13年にわたる「図書館戦争 LOVE&WAR」シリーズの連載中、二人は原稿のやりとりを通して交流し、信頼を積み重ねてきた。その関係性はまだまだ続く。最新コミックス『塩の街 〜自衛隊三部作シリーズ〜』1巻の刊行を機に、お互いの存在について語り合っていただいた。

(取材・文=吉田大助  写真=山口宏之)

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有川 〈自衛隊三部作〉のマンガ化を弓さんで、というお話をいただいた時は、「弓さんであれば!」と快諾でした。前作『図書館戦争 LOVE&WAR』と『別冊編』の連載中も一応ネームを確認させてもらっていたんですが、私の小説をマンガにするのであればこれしかないよねってネームが毎回毎回上がってくるんです。

 恐縮です。もう恐縮しかないです、私としては。

有川 「このシーンは絶対このアングルしかない!」って、私が頭の中で見ているアングルで描かれているので、びっくりするんですよね。私が思うに……弓さん、もしかして私の脳みそをハッキングしてません?

 それは濡れ衣です!(笑)。私は単純に、小説を読んでいて見えたものを描いているだけなんです。

有川 文章を読んで絵を構築する力、行間を読む力が弓さんは特別なんだろうなと思いますね。吹き出しの配置のリズム感、吹き出しの中の改行の仕方や文字量……。原作の大事な部分をこぼさずに拾い上げながら、マンガとしてのカタルシスを再構築して描く能力は、日本で今一番なんじゃないでしょうか。そんな弓さんに〈自衛隊三部作〉をマンガ化していただけるのは幸せです。

 (小声で)ありがとうございます。恐縮すぎてどんどん声、ちっちゃくなっちゃう……。

有川 今回の『塩の街』も、第1話から素晴らしかった。パーフェクトでした。

 第1話は、原作では章題として、また、少し話が進んだところで出てくる「街中に立ち並び風化していく塩の柱は、もはや何の変哲もないただの景色だ」というセリフを、一番最初に持ってくることにしました。第1話の終わりにもう一回全く同じこのセリフを出すことで、最初に読んだ時とは意味がガラッと変わるということがやりたかったんです。そう考えると、第1話では真奈と秋庭たちが海に辿り着くところまで描かなければいけない。そのためには結構なページ数が必要だったので、編集さんにお願いしてスペースを確保してもらいました。

有川 最初と最後の演出もグッときましたし、第1話で一番衝撃的だったのは、海に辿り着いたところで現れる大ゴマでした(下のコマに続くシーン)。何が起こっているのかわからないままお話を追いかけてきた読者さんが、初めて何が起こっているかがわかるんですよね。しかもめくった瞬間、意味するところが一瞬でわかる。意味を伝達するこのスピード感は、文章では絶対に出せないもの。マンガは、これができるから強い。弓さんとのお仕事が面白い理由の一つは、小説でできることとマンガでできることの違いに気付かされるところにあるんです。

『塩の街』より
真奈と秋庭、そして遼一が3人で海へ。塩害によってもたらされた悲劇が、ミステリーのサプライズとともに明かされる。

極端なことのようで普遍的なことを書いた

 私はそれほど活字読みではないんですが、あそこまでうわーっと小説を読んだのは『図書館戦争』が初めてで、「ときめきが止まらん!」となりました。今回の『塩の街』も、私の乏しい語彙力ではうまく説明できないかもしれないんですけど、ディストピアの中の男女って、それだけでもう……。

有川 そそりますよね(笑)。

 極めてそそります(笑)。「この世界がなかったら出会わなかった2人」という状況設定がそそるし、年の差もそそるし、身長差もそそるし、庇護する者とされる者という関係もそそります。

有川 〈自衛隊三部作〉はどれも最初に極端な状況を設定して、その中で人間がどう動くかというシミュレーションをしながら書いていった記憶があります。『塩の街』であれば、人が塩になってどんどん死んでいく絶望的な世界の中で、人は人を思えるのかとか、恋をするのかとか、綺麗な気持ちを持ち続けていられるのか。

 徹底的に真奈を守る秋庭のスパダリ(スーパーダーリン)っぷりに、猛烈にときめきました。『図書館戦争』の堂上と秋庭は、タイプ的には同じラインですよね?

有川 ラインとしては一緒だと思うんですけど、堂上のほうはバカなヒロインに振り回されて大変な、ちょっとかわいそうなヒーローってポジションだったので、わりと余裕を持って見られるんです。でも、秋庭は夜中に書いたラブレターという感じがする(笑)。自分がオタクとして「かっこいい!」と思う欲望や願望が、むき出しです。

『塩の街』より
銃を持った青年トモヤが現れ二人の平穏を乱す。振り切れたトモヤの表情と、怒れる秋庭の表情のコントラストが魅力的。

 真奈は本当にいい子。心が優しい子で、「頑張れ!」と応援したくなります。

有川 最初に生まれたキャラクターは、真奈でした。滅亡に向かっていく世界の中で、無力な女の子があがく姿を書きたかった。その後で、あがく女の子には素敵なヒーローがいてほしいなという思いから、スパダリの秋庭が生まれました。真奈も、私にとってはどストライクなヒロインなんですよ。なんて言うか……どんなにつらい現実の中でも、きちんと頑張る子。だから、真奈も私にとっては直視しづらいんです。むき出しすぎて、全部が恥ずかしい!(笑)

 終盤で2人の意見が対立するところ、最高でした。世界を救うために出て行くと言う秋庭と、死んでほしくないから行かないでと言う真奈。初めて小説を読んだ時、ページをめくる手が止まらないとはこのことだって感じました。マンガで描くことを楽しみにしているシーンの一つですね。

有川 現実でも常に突きつけられる二択ではあると思うんです。例えば、自分が難しい病気にかかった場合、残された時間は徹底的に治療で粘り続けるか、それともクオリティ・オブ・ライフを上げていくほうに使うのか。それは自分一人で選択できるかというとなかなか難しくて、家族や恋人の存在も関わってくると思うんですね。そういったことを、SF的な世界観でやってみたのがこの話だった。極端なことを書いているようで、普遍的なことを書いているのかもしれないと思っています。

最高の褒め言葉は「信頼できるオタク」

『塩の街』より
慈愛に溢れた真奈は、困っている人がいると手を差し伸べる。この日は道に迷いお腹をすかせた遼一を、秋庭と暮らすアパートに誘う。

有川 『塩の街』はまだ始まったばかりですが、2作目の『空の中』、そして3作目の『海の底』と、弓さんに描いていただけるのが本当に楽しみです。作画的に一番難しいのは、『空の中』じゃないかなと思うんです。「怪獣」として出てくるフェイク、ディックのルックスが、地味というかあまりマンガ向きではない気がする。

 でも、可愛いですよ。私は強いキャラとかかっこいいキャラはもちろん好きなんですけど、「人外」好きの部分もありまして。この3作品に出てくる「人外」の中では、ぶっちぎりで『空の中』のあの子は愛しいんです。その意味では、私は『海の底』に出てくるザリガニのほうが大変だなと思っています。ザリガニには正直、愛はない。

一同 (笑)

 いずれにせよ原作で私が好きだと思ったところ、原作の面白さそのものを、ちゃんと伝えていきたいです。原作では終盤にひとつ「仕掛け」があるので、そこも私なりのこだわりを見せられればいいな、と。私は基本的にオタクなので、例えば好きなマンガがアニメになったという時に、アニメのオリジナルシーンで原作のキャラクターが絶対に言わなそうなセリフを言われるのが大っ嫌いなんです。自分は絶対そういうことをしたくない、と思っています。

有川 そこはもう、安心しています。すっごく信頼できるオタクなので。

 最高の褒め言葉です(笑)。

有川 実は、『塩の街』のコミックス第1巻で、『図書館戦争』のコミックス第1巻の時のように私にあとがきを書いてほしい、と『LaLa』の編集者さんからご依頼があったんです。でも、あとがきを書くためには自分のむき出しの本能とか、小説の拙さとか、向き合わなければいけないものが多すぎて、申し訳ないんですがとお断りしてしまいました。すみません。

 いえいえ。その感覚、ものすごくわかります。私も『図書館戦争』のコミックスの最初のほうは、読み返せないですね。表紙すら見られない(笑)。

有川 でも、弓さんがマンガにしてくださるなら、客観的な視点が入り込んでくるから普通に読める。この作品と私を出会い直させてくれて、ありがとうございます。

 こちらこそ! そうそう巡り会えるもんじゃないですよ、こんなに楽しい仕事には。夢のようです。

有川 私だって、夢のようですよ。だって私、何もしてないのにお金が入ってくるんですよ?(笑)

 私だって、自分で話を考えていないのにマンガが描けるなんて、夢のようですよ!(笑)

有川ひろさん、弓きいろさん

有川ひろ
ありかわ・ひろ●高知県出身。2004年、第10回電撃小説大賞〈大賞〉受賞作『塩の街』でデビュー。同作から始まる〈自衛隊三部作〉で注目を集め、06年に開幕した「図書館戦争」シリーズ(全6巻)でブレイク。他の著書に『阪急電車』『空飛ぶ広報室』『倒れるときは前のめり』など。最新刊は『みとりねこ』。

弓きいろ
ゆみ・きいろ●2006年、第42回LMG(ララまんがグランプリ)で「ビリー坊ちゃんの憂鬱」がフレッシュデビュー賞を受賞し『LaLa』にてデビュー。翌年より同誌にて、有川ひろの小説をコミカライズした「図書館戦争 LOVE&WAR」シリーズを連載。完結後の21年より、『塩の街』を連載開始。

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