泣いて濡れたい女性に贈る、“性”を書くカリスマ官能小説家・草凪優の傑作3選!

文芸・カルチャー

2019/5/1

 最近、女性読者が急増している官能小説。女性にもファンの多い作家のひとり、草凪優氏の名前は、本好きなら知っている人も多いだろう。官能小説が描くのは“性”だが、“性”という字は、“生きる”という字と、“心”を意味する立心偏が組み合わさってできている。草凪氏の作品はその字の成り立ちそのままに、性的な興奮を、生きる人の心をたどることでドラマティックに描写する。「性と生を書くカリスマ」と呼ばれる草凪氏の作品の中でも、女性が手に取りやすい3冊を紹介したい。

■入門編:愚かしい恋でも、たしかにそれに生かされる──『どうしようもない恋の唄』

『どうしようもない恋の唄』(草凪優/祥伝社)

「この官能文庫がすごい! 2010」で大賞を受賞、2018年には映画化もしている『どうしようもない恋の唄』(草凪優/祥伝社)は、草凪氏の著作でもとくに、「男も泣ける官能小説」として知られる作品だ。

 会社を潰し、若い男に妻を寝取られた矢代光敏は、死に場所を求めて流れついた場末の街で、この世の見納めにとソープランドに入る。矢代は、そこで出会ったソープ嬢のヒナに拾われて、健気で純情、ちょっとお馬鹿な彼女の振る舞いに慰められているうちに、失われていた心を取り戻していくのだが……。

 情交は、矢代の生への執着であり、寂しがり屋なヒナが他人を癒し、つなぎとめることができる唯一の手段でもある。どん底だと思える暮らしの中でも、ふたりは決してそれを手放さない。むしろそれに翻弄されながら、荒れ狂う人生という波の中に光を見出す。性に照らしだされた、生の輝きだ。

 登場人物の心情をていねいに追う筋書きは、濃密な恋愛小説そのものだ。濡れ場までしっかりと描かれた物語は、登場人物たちが持つ愚直なまでの生への希望をいっそう際立たせ、読み手の胸を強く打つ。

■発展編:商店街と人々の“再生”を、性を通して描き切る──『欲望狂い咲きストリート』

『欲望狂い咲きストリート』(草凪優/実業之日本社)

 手に取りやすいポップな装丁の『欲望狂い咲きストリート』(草凪優/実業之日本社)では、寂れたシャッター商店街をピンサロ通りとして生まれ変わらせるという、フィクションにしておくには惜しいようなアイディアをベースに進む“地方再生”が描かれる。

 東京まで電車で2時間の地方都市。閉店した店が目立つ、いわゆるシャッター商店街。主人公の岸本孝作は、高校卒業と同時に、この故郷を捨てて上京した。だが、それから12年が経った今、岸本は東京を引き払い、またその故郷に立っている。東京でキャバ嬢に入れあげ、その借金を肩代わりしてくれた両親の、「家業のクリーニング屋を告げ」という言葉を呑んだからだ。

 商店街に集う人々は、“しがらみ”とも呼べる、ゆるやかなつながりを持っている。

 商店街にあるスナックで母の跡を継いだ、岸本の初恋の君・琴子。町でいちばんの美少女と言われた彼女だが、昔も今も、変われない自分から目をそらしつづけている。そんな琴子の元彼が、やくざに使われ、商店街をピンサロ通りに変貌させた江本だ。違法に稼いだあぶく銭で、金の力を知ったつもりになっている。ほかにも、歌舞伎町のナンバーワンから転落してきたピンサロ嬢、非合法の売春宿に通う仕出し弁当屋のひとり息子、暗闇の中で客を取る美声の母など、登場するキャラクターは、どこか身近な人ばかりだ。

 人は誰しも、腹の中に、本当の望みを抱えて生きている。変わりたいと願いながらも気持ちのいいことに逃げていると、ぐずぐずとくすぶるばかりで時は過ぎてゆく。本書は、商店街がピンサロ通りに変貌し、商店街にかかわる人々に変化をもたらしたように、登場人物たちが不器用ながらも過去を乗り越え“再生”してゆくさまを、性の哀しみとエネルギーを通してセンチメンタルに描き切った一冊だ。

■応用編:新型セックス・アンドロイドが“人間”を浮き彫りにする──『ジェラシー』

『ジェラシー』(草凪優/実業之日本社)

 官能小説はもちろん、一般文芸にも活躍の場を広げる草凪氏。『ジェラシー』(草凪優/実業之日本社)は、数十年後の衰退した日本が舞台の、近未来恋愛物語である。

 波崎清春・32歳は、東京郊外のゴーストタウンに住み着いている違法定住者。仕事は、「イミテーション・レイディ・オンリー・フォー・セックス」──通称〈オンリー〉と呼ばれる、セックス専用のアンドロイドを利用者にデリバリーすることだ。

 もともとデリヘルの雇われ店長だった清春には、デリヘル店経営のノウハウがあった。現在の仕事をはじめたのは、とあるきっかけから知り合った神里冬華・27歳が、清春に声をかけてきたから。〈オンリー〉の製造元とコネクションを持つ彼女は、清春のノウハウを求めていたのだ。

 最新の技術を駆使し、生身の女を抱くのと同じ、いや、とびきりいい女との性体験を超えるセックスができる新型セックス・アンドロイドは、イリーガルな売買春がはびこる日本で瞬く間に普及した。男たちは極上の快楽を与えてくれる〈オンリー〉に傾倒し、女たちは美しく魅力的な〈オンリー〉に反発する。冬華と清春、〈オンリー〉の調整に天才的な手腕を発揮する清春の双子の弟・純秋は、生活苦に喘ぐ元ジャーナリスト。愉快犯的なサイコパスらの思惑に踊らされ、したたかに反撃しながらも、セックス・アンドロイドが見せる未来に目を凝らすが……。

 精巧すぎるセックス・アンドロイドは、人類救済の女神か、破滅の使者か? 人間とは、愛とはいったいなんなのか? 本書は、“性”という人間の原始的な欲望に迫ることでそれらの答えに限りなく近づく、著者の新境地となる作品だ。

 草凪氏の作品に通底しているモチーフのひとつに、「極限」がある。死を考えるほどに転落した男、息絶える寸前の商店街、荒廃しきった国土と生活……どんな極限状態に置かれても、人間が最後まで持っていられるもの、それが“性”と、それがもたらすエネルギーだ。草凪氏の作品に触れていると、そのことが肌でわかる。彼が作品中で描いているのは、その極限状態──いつでもわたしたちが置かれうる状態、否、すでに置かれている状態かもしれない──からの、本能的で、根源的な力による再起である。読み手が女性だとしても、訴えかけてこないはずがない。

 女性でも、「官能小説だから」と言って敬遠していたのではもったいない。そんな官能小説を書くのが、草凪優という作家だ。荒々しくむき出しの欲望を、繊細な筆致でなぞることで、人間を描き出す──そんな草凪氏の作品に、あなたも触れてみてほしい。

文=三田ゆき