映画『ふがいない僕は空を見た』にみる「コスプレ」の役割とは?

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更新日:2013/8/13

映画『ふがいない僕は空を見た』にみる「コスプレ」の役割とは?

 昨年劇場公開された『ふがいない僕は空をみた』は、そうした「コスプレ」という行為が個人の内面に果たす役割を、リアルに体感させてくれる作品だ。

 ズバリ、作中には「コスプレ姿で不倫する専業主婦と男子高校生」というカップルが登場し、冒頭から高校の制服姿のイケメン男子(主人公の卓巳/永山絢斗)がやおら紫の髪+赤い上下+黒マントの「むらまさ」に変身し、金髪ボブのピンクな魔女っ子「あんず」(専業主婦の里美/田畑智子)をいたぶりはじめ、着衣のままセックスするというハードな展開をみせつける。

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マンションの一室に、制服姿の男子高校生が人目を気にしながら入ってくる。部屋の中に用意されているアニメの衣装とウィッグを身につけ、ベッドルームに入ると、そこにはアニメのコスプレ姿をした女が横たわっていた。「いい子でまってたかい? あんず」「はい。むらまささま」。

 この二人において、コスプレの先導役は専業主婦の里美のほうだ。自作のコスプレ衣装で友人と参加した同人誌即売会の会場で、理想のキャラ「むらまさ」にそっくりの卓巳をナンパしたのがきっかけだが、その後の彼女の行動がまさにコスプレの魔力ともいうべき積極性。どうしても卓巳を「むらまさ」にしたくて、後日、ひそかに自宅に招いて彼にコスプレさせ、その後に勢いで関係までもってしまう。そしてその後も「むらまさに抱かれるあんず」を味わうため、卓巳に金銭を渡して関係を続けるようになるのだ。

 さて、ここで問題なのは、里美が単なる「変態プレイ好きの主婦」と片付けられるのかどうかだ。実は里美のコスプレの背景には、長年の不妊症治療で精神的に追いつめられるという心の闇が横たわる。高額の受精手術に失敗する度に発狂する姑と、身勝手なセックスの後に「いじめられっ子の僕らの子どもなんて不幸になる」と呪いの言葉を吐く夫に挟まれ、自分の存在自体を否定される牢獄のような日々を送っていたのだ。

男子高校生・卓巳(永山絢斗)とのコスプレセックスをするアニメ好きの主婦・里美(田畑智子)は、元いじめられっこ同士で結婚した夫・慶一郎(山中宗)と二人暮らし。執拗に子作りを求める姑・マチコ(銀粉蝶)からは不妊治療や体外受精を強要され、マザコンの夫は頼りにならず、卓巳との関係だけが心の拠り所だった。しかし、二人の情事は夫と姑に知られてしまい…。

  そんな彼女の唯一の癒しが、若い頃からずっと好きだったアニメの世界に浸ることであり、コスプレ姿で大好きなキャラになりきることだった。つまり里美にとってコスプレは、すべての辛さから一時的にでも逃れる行為であり、それで精神的なバランスを取り戻してもいたのだろう。おそらく、彼女がコスプレ姿のセックス(しかも相手は理想のキャラ)で得た「性」の快感は、いわゆる不倫の背徳感ではなく現実逃避、心の奥で求めていた「生の実感」を感じる術でもあったために、より激しく燃えたのかもしれない。

 その後の二人は、コスプレでなく「素」の姿で愛し合ってしまい破局を迎える。直後に二人の「コスプレ・セックス」の写真や動画がネットや街にばらまかれ、卓巳は高校にいけなくなり、里美は姿を消すことになるのだ。生身の姿で「本当の生(性)の悦び」を共感し、相手への愛情をも抱くようになった時が、終わりのはじまりというのはなんとも皮肉な展開だ。だが、この一瞬の二人のほとばしるような輝きは、まぎれもなくこの作品の根底に流れる「生」というテーマを鮮やかに見せつけもする。

同級生から告白された卓巳は里美との関係を断ったが、ショッピングセンターのベビー用品売り場で見かけた卓巳は再び彼女のマンションを訪ねる。玄関を開けた瞬間、里美にキスをする卓巳。そのままリビングで全裸になってセックスをする二人。卓巳は、心から里美のことが好きなのだと実感するが、「今までありがとね」と別れを告げられる。

 実はこの物語にはサイドストーリー的に卓巳の親友・福田(窪田正孝)とそのバイトの先輩・田岡(三浦貴大)など複数の人間関係が登場するのだが(いずれもイケメン揃いで、腐女子的な愉しみもできなくはない)、注目したいのは、その誰もが他者との関わりにおいてひどく不器用だということ。生きる上で他者との関わりは避けられない以上、自分の心の内側を守りつつ、どう誰かと関わるかは誰にとってもデリケートな問題だ。貧困、介護、育児放棄、いじめ、不登校などそれぞれがヘビーな現実を背負いながらも、ぽつりぽつりと彼らなりに他者との折り合いを見つけて前に進む姿は、そうした問題の繊細さを浮き彫りにするし、なにがしかのヒントも与えてくれる。少なくとも「生きる」ことのリアリティを実感させてくれるのは間違いないだろう。

福田(窪田正孝)は、団地での極貧の生活に耐えながらコンビニでバイトしている。店長からは“団地の住人たち”と蔑まれ、共に暮らしている痴呆症の祖母は辺りを徘徊し、新しい男と暮らしている母親には消費者金融の督促が後を絶たない。しかし、バイト先の先輩で元予備校教師の田岡(三浦貴大)が“団地から脱する武器を装備しろ”と、勉強を教えてくれるようになるが…。

 もちろん、コスプレという「心の鎧」をまとわざるをえなかった里美の姿もそのひとつだ。彼女の痛みに共感した時、鎧を脱ぎ去った彼女の未来に、思わずエールをおくりたくなることだろう。

救いのない世界から這い上がるのは、
結局は“自分の力”――

 中傷ビラや流出動画で終わりのない「いじめ」を受け、不登校になる主人公。借金まみれの母に捨てられ、食べ物にも困る貧困生活の中で遅くまでバイトしながら痴呆症の介護を続ける親友……この物語が描く世界には、現在の日本を象徴するような「救いのなさ」が横たわる。そのリアリティには目を背けたくなるが、そうしたシビアな社会の縮図を背景にしているからこそ、登場人物たちが生きる姿が力強く響く。誰かの「救い」を待つのではなく、結局は「自分」を変えていこうとすることでしか、変えられないない未来。ギリギリで踏みとどまり一歩ずつ前にすすもうとする彼らの姿は、ささやかだが清々しく、「生きる」ことの本質的な輝きを見せてくれる。

『ふがいない僕は空を見た』4月21日(日)DVD発売!

あらすじ●高校生の卓巳は、アニメ好きの主婦・里美と出会い、彼女の家でコスプレ情事に浸るが、その動画や写真をばらまかれて不登校に。痴呆症の祖母と団地で極貧生活を送る親友の福田は卓巳を気づかい、医者の御曹司の田岡は福田を助けようと手をさしのべる…日々、命の現場に臨む助産師の卓巳の母に見守られながら、それぞれの心の葛藤が交差して前に進む「生」の物語。
【出演】 永山絢斗、田畑智子、窪田正孝、小篠恵奈、田中美晴、三浦貴大、銀粉蝶 /原田美枝子
【監督】 タナダユキ 【脚本】向井康介 【音楽】かみむら周平 【発売】 東映ビデオ



『ふがいない僕は空を見た』新潮文庫刊

第24回(2011年) 山本周五郎賞受賞
第8回(2009年) R-18文学賞受賞
2011年本屋大賞2位
『本の雑誌』が選ぶ2012年度ベスト1

 初版は5000部ながら、「命を信じようという力がこんこんと沸いてくる」(北上次郎氏・日本経済新聞2010年9月1日夕刊)などの評が寄せられ、また全国の書店員らの熱い声援を受けて<『本の雑誌』が選ぶ2010年度ベスト1>を獲得。そして2011年4月<本屋大賞第2位>に選ばれ、多くの読者の注目を集めた。さらに5月、全選考委員満場一致で山本周五郎賞を受賞。
 山本賞選考委員の重松清氏が「生まれて在ること、生きていることそのものへの肯定があった。この作品を読むことができてうれしい」と絶賛、また窪さん本人も受賞会見で「命があればいい、あなたがそこにいるだけでいい、ということをしつこく書いていきたい」と語り、大きな反響を呼んだ。