特集番外編2 2009年2月号

特集番外編2

公開日:2009/1/10

「さらにその先の上橋菜穂子」特集に添えて

編集P

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「いよいよ上橋菜穂子」特集をやらせていただいてから、1年半が経ちました。

『獣の奏者』のアニメ化を記念しての特集となる今回も、上橋さんご自身をはじめ、たくさんの方にご協力いただきました。武本糸会さん描きおろしのカラーイラストや、待望の続編に関するお話や、アニメのうらばなしなどを掲載した、ボリューム満点の7ページになっております。

ご協力いただきましたすべてのみなさまに、この場を借りて、厚く御礼申し上げます。

ここでは、本誌には掲載しきれなかった上橋さんのインタビュー外伝をお届けします。どうぞ、お楽しみくださいませ。

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上橋菜穂子インタビュー・外伝「ここだけのQ&A集」

取材・文=瀧 晴巳

●「タンダの山菜鍋」は、どんな味でしたか?

醤油味と味噌味の2ヴァージョンが完成形なんだけど、お試しヴァージョンでは、こってり系をお願いしたら、西村さんが、木の実を使ったワイルドな味にしてみせると、ピーナッツ・バターを豆板醤であえたものを味付けに使ったの。これがもう、めっちゃ、うまいの! 「南極料理人」シリーズの西村さんは、さすが極寒の地で腕をふるっていただけあって、ものすごいアイデアマンです。

●アニメ『獣の奏者 エリン』の製作チームとは、一緒に養蜂家の取材にいかれたとか?

はい。巣箱の巣枠を持ち上げてもらって、群れているミツバチを触らせてもらいました。これがね、柴犬みたいにあったかいんですよ。ミツバチたちも毛が生えているし、みんなでブーンと震えて、熱を発してるから。虫という感じじゃなくて、不思議でしたよ。

オスの蜂たちは、レイジーなんですって。掌に乗せてもらったんですけど、黒目がちで、ものすご〜くカワイイ! 担当編集者の長岡さんは「蜂なんて、みんな、黒目がちです!」って言って、怖がって近寄ってもこないし、賛同もしてくれなかったんですけど……ほんとにカワイかったんだってば〜(笑)。

●王獣のリランのイメージを伝えたときに、こだわったのはどんな点でしたか?

まず顔のかたちが狼であること。そして翼は前足が変形したものなので、前足はないということ。この2点は、ライオンに翼が生えた神話上の動物「グリフォン」と比較してもらうと、違いがよくわかると思います。グリフォンって翼もあるのに前足もあるんだけど、実際の生物ではそういうことはありえないですもんね。

あとは、王獣は胸のあたりがモフモフしています(笑)。これは獣ならではのたてがみみたいなもの。ただ、設定表を見たとき、王獣があまりにでかいので、エリンとの大きさの違いに一瞬クラッときました。これに崖でじゃれつかれたら命がないだろうと(笑)。でも結末を考えると、やはり王獣は人と比べてそのくらいでかくないといけないんですよね。

●アニメ版『獣の奏者 エリン』の製作チームとの交流は、現在も続いているのでしょうか?

もちろんです! シリーズ構成と脚本を担当されている藤咲淳一さんとは、頻繁にやりとりをしていますし、キャラ設定などのチェックなども綿密にしていますよ。コンテも読ませていただいているし。ただ、『精霊の守り人』のアニメ化を経験してすごく思ったのは、アニメはアニメのプロたちに任せたほうがいい、ということだったんです。表現方法のツボが違いますからね。『精霊の守り人』を1話から26話を通して観たときに、これはもう、見事に神山監督の作品になっているのに、それでもなお、たしかに私の作品でもある、という不思議さに心底感動したので。

●それは、たとえばどんなところだったのでしょう?

1話〜26話を通して観たときに浮かび上がってくる「全体」で、それを感じたのです。

細部のことで例を挙げるなら、バルサのキャラをぱっと見たときには、「なんちゅうナイスバディ!」と驚いたのですが(笑)、でも、安藤麻吹さんの声と演技の魅力とともに、どんどんドラマがうごいていくうちに、不思議なことに、こまごまとした仕草や表情が、原作のバルサに重なっていくんです。

とくに終盤の『シグ・サルアを追って』という回で、トロガイが「ひとつところに落ち着いて暮らすのも悪くないよ、子どもを生んで暮らすのも楽しいもんさ」と言った時に、バルサが「近頃、よく夢を見ますよ」と答えるシーン。その夢の内容は話さないんだけど、風がふっと吹く中で、チャグムとタンダを見ているバルサの表情がね、私には、すごく自分のバルサと重なるんです。

ところで、アニメになったときの反応で、私にとっては意外だったのは、私がイメージしているタンダと、読者がイメージしているタンダが、かなり違ったということでした。

私にとっては、アニメ版のタンダは、かなり自分のイメージに近い外見なんです。性格はもうちょっと老成していますけれど。「いかにも人の良さそうな顔」とか、「ボサボサの髪」「童顔」とは書いたけれど、どこにも「もっさり系のブ男」なんて書いてないはずなのに、どうしてそんな感じに受けとられるのか、私には不思議でなりません(笑)

●アニメ版『獣の奏者』の製作チームからは「21世紀のハイジ」という言葉が出てきたそうです。

ああ。そうなんですよ。私が子どもの頃に見た『アルプスの少女ハイジ』にしろ『母をたずねて三千里』しろ、日曜日のあのくらいの時間にやっていたアニメって、私が好きな〈ファンタジー〉の条件を備えていた気がするんです。自分が暮らしている日本の日常生活じゃないのだけれど、子どもの目から見ている生活感がすごくあった。たとえば『ハイジ』だったら彼女が生きている空間が見事に描かれていたし、私は『母をたずねて三千里』の第一話が大好きなんですけど、マルコがアルバイトで瓶掃除に行くシーンから、彼が暮らしている空間が描かれていた。要するにその中で暮らしている子どもの人生がきちんと描かれていたと思うんです。そういう感覚が『獣の奏者』には向いていると思って。

ただ『獣の奏者』は、少女時代のエリンが蜂飼いのおじいさん・ジョウンと暮らすあたりまでは『ハイジ』っぽい感じがあるのだけれど、物語全体ではエリンの二十歳くらいまでを描いていますし、政治や社会の問題も絡んでくるシビアな面もあるので、やはり『ハイジ』ではない。だからこそ、「21世紀の」と、みんなで言っているわけです。

はじめは、お母さん大好きな10歳のエリンの身の丈に合った物語として、ゆっくりと始まっていき、やがて、蜂飼いのおじいさんに出会い、という風に、物語が進んでいく。

一見、淡々と物語がうごいていくように見えて、その底に仕込まれているいくつものものが、やがて収斂して、ラストへ向けて流れはじめる……。

これは、とても難しい作業なんですけれど、やり遂げられれば、これまでになかった感じのアニメになるんじゃないかと期待しています。

50話で「ひとつの作品」ですから、そういう気もちで観ていただけたらうれしいです。

●ちなみにアニメ版『獣の奏者』で、上橋さんがオリジナルストーリー案を担当されたのは何話なんですか?

これは、視聴者クイズにしましょう、とか言ったりして(笑)。

原作のファンの方なら、きっと、わかると思いますよ。

●「エリンは超能力者ではない」という以外にも、アニメの製作チームに「これだけは!」とお伝えになったことはありますか?

王獣リランの交合のシーンはきちんと描いてほしいということでしょうか。言ったとたん、部屋が静まり返りましたが(笑)。

いや、笑い事ではなくて、あれは「生をゆがめない」「野にあるものは野にあるように」ということに関わる大切な場面でもあるので。

●漫画版『獣の奏者』は、非常に原作に忠実な印象を受けます。

いいですよね! 武本さんの漫画!

武本さんとも、本当に細かくネームからやりとりをしているんですよ。

原作を心から愛して描いてくださっているので、私、ほんと、大好きなんです。

●闘蛇といい、王獣といい、ほかの人があまり近づきたがらないものにエリンが惹かれるのは、なぜなんでしょう?

さあて、なぜなんでしょうねぇ。私だったら、ものすごく心惹かれる気がするけど。

ふつう気づかない、ふつう近づかない、そういうものに真正面から視線を向ける人って、なにか、これまで気づかれずにいたことに、気づく可能性をもった人なんだと思うんです。

よく「等身大の」という言い方をしますけれど、私は「等身大じゃない部分」を持っている人間が好きなんです。あるところでは周りの人間が惚れ惚れするくらい突出した能力があって、それが止むにやまれぬ衝動に突き動かされるものであれば、なお心惹かれます。そして、心の中に、きっちりとしたプロフェッショナリズムを持っている。そういう人が好きなんですよ。

●上橋作品が続々と海外で翻訳・出版されることについて、どのように感じていらっしゃいますか?

すごく幸せなことだと思っています。オーストラリアの友人たちにも読んでもらえたし(笑)。私が書く物語って、ある意味ものすごくオーソドックスなので、そういう意味では、どの文化圏でも、わかりやすいのかもしれませんね。でも、骨格はオーソドックスでも、かなり欧米の物語とは違うところもあるので、そこが、どんな感じに受け止められるのか、とても興味があります。

ベルリン国際文学フェスティバルではアニメ版『精霊の守り人』が上映されたんですが、その時にちょっと面白いことがあったんですよ。アニメの字幕を担当してくださった翻訳者の方が「すごく困ったことがあって。映像に読めそうで読めない漢字がたくさんあったんですけど」って、おっしゃったんです。「ああ。すみません。それ、漢字じゃなくって、ヨゴ文字(『精霊の守り人』の舞台・新ヨゴ皇国の文字をアニメ・スタッフが作り出した架空の文字)です」って思わず笑ってしまったんですけど。海外に出て行く時は、きっと、どの国の翻訳者の方たちも、あの謎めいた文字のせいで苦労するんだろうな(笑)。

●最後に『獣の奏者』の続編の内容を、明かせる範囲で教えていただけますか?

私は、書き上げるまでは担当の編集者にさえ、どんな内容か一切しゃべらないんです。

ただ、この1年、この物語を書くことで、執筆の調子をとりもどしてきたような気がします。第1稿を書き上げる最後の3週間は異常なテンションで、アドレナリンでっぱなしでした(笑)。続編は、より容赦のない話になっていてますが、でも、読み終えたときには、「ああ、読み終えたなぁ」と感じていただけると思います。前作より大人な内容のような気もします。ごめんなさい。これ以上はまだ言えません。

上橋さん、ありがとうございました。