TBS『Nスタ』キャスターが描くどれよりもリアルな諜報・公安小説!

文芸・カルチャー

2014/10/6

「諜報員との戦い」というと、海外アクションものばかりをイメージしがちだが、日本を舞台とした諜報・公安小説のリアルな展開の方がスリルに溢れ、胸を打たれるに違いない。TBS『Nスタ』編集長、キャスター、社会部・外信部のデスクなどを務めている竹内明氏著『背乗り ハイノリ ソトニ 警視庁公安部外事二課』(講談社)は、その新時代を拓く一冊といえるかもしれない。「背乗り」とは、諜報員や犯罪組織の構成員が、行方不明者などの戸籍を乗っ取って、その人になりすますこと。「もしかしたら、身近にもそうやって違う人間として生活している者がいるのでは?」「一体誰が”背乗り”しているんだ?」などと想像しながら読みすすめれば、報道の現場に携わる竹内氏が描いた世界から目が離せない。本物の各国スパイハンターから異例の賛辞を受けたというこの本は今もっとも注目すべき作品である。

主人公は、公安部外事二課(ソトニ)の元エース・筒見慶太郎。8年前、中国人諜報員・劉剣の罠にかかり、公安を追われた彼は、在NY日本国総領事館の警備対策官として抜け殻のような生活を送っていた。だが、ある時、国連総会での演説のため訪米した外務大臣・黒崎倫太郎の毒殺未遂事件が発生。再び、劉剣の影を察した筒見はこの事件を調べるうちに、秘書官を騙し、外務大臣に接触していた美女の存在を知ることになる。ちょうどその頃、日本では「影の公安部長」と呼ばれていたかつての上司・浜中忠一が不審な死を遂げており、公安は組織をあげてこの事件の真相を闇に葬ろうとしていた。一体、彼らは何を隠そうとしているのか。日本の中枢に潜り込んだ、名前も戸籍もニセモノの人物とは誰か。仲間が仲間を尾行し、同期が同期を疑う泥沼捜査のなか、筒見は、解体されたチームを集め、傷を負った捜査員たちと真実を追い始める。

筒見は、仲間も権威も信じない捜査至上主義者だ。嗅覚、判断力はズバ抜けているが、同時に部下たちにとっては、独裁者でもあったのだという。劉剣にハメられ失態を犯したために、かつての仲間たちは、交番勤務をしていたり、免許試験場や法律事務所で働いていたり、どの者も公安の職を離れざるを得なかった。かつての部下にそのことで追及されれば、筒見は「お前の泣き言に付き合うつもりはない」と彼らを冷たくあしらっている。だが、筒見にしろ、仲間にしろ、こんなにも優秀なスパイハンターはいないだろう。対象の情報を的確に収集し、尾行したり、罠に陥れたりするさまには、読んでいるこちらまで緊張が高まる。以前から筒見は一匹狼で捜査の全体像はいつも一人胸の内に秘めてきたが、今回も昔の仲間を集めて、協力を仰ぐのは、情報収集のプロである彼らを利用するためなのか。それともチームへの信頼からなのか。筒見の感情は読めない。

戻ることの出来ない時間は、人の心を蝕んでいる。やり直しがきかないが故の悔恨なのか。忘れることができない過去を背負いながら、この本の中の登場人物たちは皆、後悔に身悶えながら生きている。元ソトニのメンバーは、劉剣との出来事を片時も忘れたことがないし、特に筒見は、息子を失った過去もひきずっている。「あの夜、筒見さんは息子を探すことよりも、スパイを追うことを選んだ。あの人は何も隠してねぇよ。後悔に身悶えながら、地獄を見続けているんだ」。クールに見える彼の裏の表情が見え隠れする度に心が締め付けられる思いがする。そして、”背乗り”した者もまた過去を背負い、生きている。そんな者たちを筒見はどう見つけ出そうというのだろうか。

「スパイもの」と聞くと、どうも男臭さを感じるが、この作品の魅力は登場する女性たちのたくましさにもある。たとえば、国会総会にて黒崎外務大臣の連絡調整担当をしていた外交官の貴志麻里子は、外務大臣に毒を持ったと見られる謎の美女を筒見とともに尾行することとなるが、敵に暴行を加えられてしまう。しかし、退院しても、事件の真相に迫ろうとし、時には、筒見よりも相手から器用に情報を得てしまう切れ者だ。かつて筒見の上司であった浜中忠一は不審な死を遂げたが、彼が再就職した先の女社長の存在も気にかかる。また、筒見のかつての部下で現在は交番勤務の岩城剛明の妻の頼もしさも印象的。こんなにも颯爽とした女性が数多く登場する小説も珍しい。女性も読んでいて楽しめる公安小説といえるだろう。

日常は単調になりがちだ。だからこそ、人は本を読む。日常をしばし離れ、読むべきはこの本。そう言いきれる面白さが、この中にはある。

文=アサトーミナミ

『背乗り ハイノリ ソトニ 警視庁公安部外事二課』(竹内明/講談社)