日本の「少女小説」のすべてがわかる! 『少女小説辞典』であの感動やドキドキをもう一度

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/20

あなたは初めて読んだ少女小説を覚えていますか? ヒロインが男の子に恋して胸を焦がす気持ちに共感したり、ちょっとした誤解ですれ違う姿にじれったくなったり、さまざまな障害を乗り越えて結ばれる恋人たちの物語にときめいたりはしませんでしたか? 就職したり、結婚したり、育児や家事で忙しくなるにつれて「少女小説は卒業してしまったわ」という人も、タイトルや作者名を聞けばかつての感動やドキドキを思い出すかもしれません。『少女小説辞典』(長谷川啓、岩淵宏子、久米依子、菅 聡子/東京堂出版)は、少女小説を十代の少女読者を対象とした大衆小説として定義し、日本の少女小説作家361名、代表作623作品をまとめた初の辞典です。本書は少女時代の思い出を辿る読書アルバムとしても、時代ごとの少女小説の流行を読み解く歴史資料としても興味深い一冊です。

少女小説の事始め

日本初の少女小説は何かご存知でしょうか。本書によると海外の翻訳小説を除外すれば、日本初の少女小説は、1895年に創刊した雑誌『少年世界』の「少女」欄に掲載された若松賤子の創作短編『着物の生る木』だといいます。

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着物の生る木』 あらすじ
主人公のなつ子は、裁縫が苦手な少女。ある日、前掛けを縫いながらこれが木に生っていればと嘆くと、庭先に奇妙な老人が現れ、呪文を唱えるように促し、なつ子は不思議な国へ行く。そこでは帯の生る木や前掛け、帽子、リボン、足袋、下駄の畑があり、服飾品すべてが作物として収穫できる国だった。なつ子は喜んで家族の土産に採って帰ろうとするが、老人は「母親に断りもなくこんなところへくる者は家に帰さない」と言い出す。なつ子は辛抱して裁縫をしていればよかったと後悔するが、知恵をきかせて呪文を逆に唱えることで家に帰ることができたのだった。

(引用:本書96ページ)

子供に裁縫の大切さを教え、無断外出を戒める教訓を含んだ物語ですが、ごく普通の少女が異世界に行って不思議な体験をするというストーリーラインは現代の小説にも通じるものを感じます。しかし当時の小説には「少年向け」と「少女向け」という区分けが明確でなく、あまり人気がなかったらしい。

少女小説の隆盛と苦難の時代

本格的に少女小説が発展するのは、1902年創刊の初の少女雑誌『少女界』を始めに、『少女世界』『少女の友』『少女画報』という昭和まで刊行が続く人気雑誌が出揃ってからで、日露戦争の好景気によって誌面が次第に華麗になり、それまでの「良妻賢母」を押し出した教訓的な物語から、冒険や恋愛などの娯楽的な要素が加味されていったそうです。

大正時代になると女学校進学者が増加し、『新少女』『少女号』『小学女生』『少女の花』『令女界』『少女倶楽部』などの創刊ラッシュが続き、ロマンティックな雰囲気を持つ作品が増える一方、貧困や病気などを悲劇として感傷的に描くようになり、ストーリーの長編化にともなって主人公も活発で行動的な少女へと変化していく傾向があるのだとか。

昭和に入ると読者人口は約七○数万人に達するものの、世界大恐慌をきっかけに日本は戦争へと突入。戦時雑誌統合令により戦後まで残った少女雑誌は『少女の友』『令女界』『少女倶楽部』だけ。しかし作品にはユーモラスで機知に富んだものが多く、若い少女が年上の女性に恋愛的感情を抱く「エス」を中心に時代小説、冒険譚、社会派系、ユーモア系、怪奇・探偵ものなど、多種多様なジャンルの開花をみせる成熟期だったと解説しています。

少女小説からライトノベルへ

戦後、義務教育制度と男女共学化が進み、エスから異性愛にシフトしていき、1966年に集英社から『小説ジュニア』が、1967年に小学館が『ジュニア文芸』を創刊し、開放的な性愛を含む恋愛が描かれるようになっていきます。そんな時代に新風を巻き起こしたのが氷室冴子。1980年出版の『クララ白書』で少女マンガやアニメの影響を受けた口語一人称表現とコミカルなストーリー展開で人気を得ました。1982年には『小説ジュニア』が『Cobalt』に代替わりし、久美沙織、正本ノン、田中雅美というコバルト四天王と呼ばれる作家陣が登場します。

90年代以降になるとコンピュータゲームの流行によって「剣と魔法のファンタジー」がブームとなり、学園ものからファンタジックな作風へと路線変更が進みます。さらに、ゼロ年代以降は少女小説はライトノベルのジャンルの一部として捉えられる事が多くなります。ただ、現代の少年向けライトノベルでは一般的な口語一人称、ラブコメを基調とする学園もの、男子顔負けの元気系少女キャラ、作者が読者に語りかける「あとがき」などは、いずれも少女小説の表現から派生したものであると本書の編集者の久米依子さんは分析しています。

少女小説を読んでいた人だけでなく、これから少女小説を読みたいと思っている人も本書をきっかけに名作に触れてみてはいかがでしょうか。

文=愛咲優詩

  • 『クララ白書』(氷室冴子/集英社)
  • 『丘の家のミッキー』(久美沙織/集英社)