結局のところ、勉強しない子どもをご褒美で釣っても「よい」のか「悪いのか」?

出産・子育て

更新日:2016/3/14

 世間には教育本や子育て本があふれており、さまざまな教育論や子育て論が入り乱れている。たとえば、勉強をしない子どもに悩む親は多いが、子どもを勉強させるためにご褒美で釣るのは、よいことなのだろうか、悪いことなのだろうか。

「学力」の経済学』(中室牧子/ディスカヴァー・トゥエンティワン)

子どもを勉強させるためにご褒美で釣るのは…?
(1)それで勉強するのだったら、よいと思う
(2)方法が安易、親として失格、勉強に対する意識が低下する…などの理由で悪い>

 教育論や子育て論では「(2)悪い」ほうに分がありそうだが、「(1)よい」という意見も探せば見つかる。意見が乱立しているのは「ご褒美の是非」だけではない。「ほめ育ての是非」「ゲームの是非」など、「よい」「悪い」、どちらの意見ももっともらしく主張されており、「結局のところ、どっちなの?」と親を悩ませる。

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「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)は、「否定したいわけではないが」と前置きしたうえで、「教育評論家や子育ての専門家と呼ばれる人たちが、テレビや週刊誌で述べている見解に、ときどき違和感が拭えない」と切り出す。主張の多くが個人の主観的な経験に基づいており、科学的な根拠に乏しく、「なぜその主張が正しいのか」という説明が十分になされていないから、というのが理由だ。本書の著者・中室牧子氏は、経済学の理論や手法を用い、大量に集積されたデータを重視しつつ教育を分析する教育経済学が専門。実証研究の成果と計量経済学の観点から、教育について現時点で「わかっていること」「わかっていないこと」、「はっきりといえること」「いえないこと」が歯切れよく解説されている。

 冒頭の疑問に戻る。「子どもはご褒美で釣ってもよいのか、悪いのか?」。これを“客観的”な教育経済学的に考えると、どのようになるのだろうか。ズバリ、「(1)ご褒美で釣ってよい」が答えだ。経済学ではご褒美を「インセンティブ(ここでは外的なものなので「外的インセンティブ」)」と呼ぶが、インセンティブの有無はどうあれ、子どもの将来収入という「教育の収益性」は、「今勉強しておく」ことで高くなるというデータが示されている。人間は、目前にある利益や満足を優先する性質を持っている。「後で勉強する(といってたいていしない)」より「今勉強する」ことを選択させるための、立派な戦術なのだという。ちなみに、「後で◯◯する」という先送り行動は、大人にも見られる。ダイエットや禁煙などにおいて、将来的にはメリットのほうが大きいとわかっているのに、つい食べてしまう、吸ってしまうという行動と同じなのだという。こういった場合も、目的から外れない範囲で、自分にご褒美を用意するとよさそうだ。

「子どものご褒美」について、さらに話を進めてみよう。では、ご褒美をあげるとして、次のどちらが教育経済学的に正しいのだろうか。

いつご褒美をあげる?
(1)本を1冊読んだらあげる
(2)テストでよい点を取ったらあげる

 本を1冊読んだからといって、必ずしも成績に直結するとは限らない。「テストでよい点を取る」という直接的な結果にご褒美を与えると約束したほうが、効果が上がりそうに思える。

 ところで、教育成果の分析に用いる標準的な分析枠組みとして「教育生産関数」というものがある。別名「インプット・アウトプットアプローチ」とも呼ばれるこれは、授業時間や宿題など教育上の“資源”を「インプット」、テストの点数や通知表の成績など“生産物”が「アウトプット」とされ、インプットがアウトプットにどの程度、影響しているかを明らかにする。つまり、前述の疑問においては、(1)はインプットに対して、(2)はアウトプットに対してご褒美を与えることになる。

 教育経済学的には「(1)本を読んだらあげる」が正しい。統計では「インプットにご褒美を与えたほうが、成績が高くなった」という結果が出ているのである。分析してみると、こうだ。子どもにとってインプットは「何をすべきか」が明確であるのに対して、アウトプットでは具体的な勉強方法が示されていないため、わからない。内容を変えた実験でも、やはりインプットにご褒美を与えたほうが、高い成績が見られたという。ただ、アウトプットにご褒美を与える場合でも、具体的な方法を示し、導いてくれる指導者がついている場合には、学力の向上が確認されている。

「ご褒美」について補足しておくと、子どもに与えることで「一生懸命勉強するのが楽しい」といった好奇心や関心によってもたらされる「内的インセンティブ」は有意に低下しない、とのこと。勉強に対する意識面で親が不安に思う必要はなさそうだ。

 このほか本書では、ほめ育てを「してはいけない」、ゲームをしても「暴力的にはならない」といった解説が、十分なデータを基になされている。「教育は数字では測れない」「教育と経済は別物だ」という意見もあるかもしれないが、世に溢れる意見の渦に翻弄されている人は、教育経済学から導き出された解を拠り所のひとつにしてみる、という選択もありなのではないだろうか。

文=ルートつつみ

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