「『今日は何の発見もなかった』と思う方が怖い」 ―日本初のプロゲーマー・梅原大吾が語る人生哲学

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更新日:2015/8/4

 この記事を担当する筆者の私見とはなるが、30代へさしかかった今、時折「人生はゲームのようだ」と振り返る時がある。それは何も、浅はかなイメージでもなければ、勝つか負けるかという話でもない。目の前には問題や課題があり、時には経験をもとに、時には必要な力を蓄えながら、進んでいくからである。ゲームと聞くだけで抵抗を感じる世代もいるようだが、少なくとも、その経験から学んできたこともたくさんあるように感じる。

 さて、閑話休題。梅原大吾という1人の男がいる。1981年青森県生まれの梅原は現在、34歳にして、日本で初めての“プロゲーマー”として活躍している。格闘ゲーム『ヴァンパイアハンター』で14歳にして日本一となり、17歳で『ストリートファイターZERO3』の世界大会で優勝。その後いったんはゲームの世界を離れたものの、2009年には『スーパーストリートファイターIV』をきっかけに復帰、アメリカのゲーム周辺機器メーカー・Mad Catsとの契約を経て、世界的にも称賛されるプロゲーマーとなった。

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 彼の生業ともいえる格闘ゲームは、勝つか負けるか、結果がすべての評価を決める世界でもある。目に見える勝負はほんの数分。しかし、結果を出し続けてきた裏には、そこへ至るまでの努力も垣間見える。では、ゲームの世界に魅了される中で、梅原は何を感じてきたのか。書籍『1日ひとつだけ、強くなる。 世界一プロ・ゲーマーの勝ち続ける64の流儀』(KADOKAWA 中経出版)には、勝負の世界で生き続ける男の経験を元にした、人生の哲学が数々収録されている。

 人が勝ち組や負け組と分けられ、数字での優劣にも左右されがちな現代。実体の見えそうで見えない勝負への焦りや疲弊も感じられる中、梅原は「疲れていても頑張れるのが強者」というのは「間違い」だと持論を述べる。

 プロゲーマーとなってすぐ、1日16時間ほどゲームへと費やす日々が続いた梅原。「プロなんだから、めちゃくちゃやらなきゃダメだろう」という一心で、知識と技術が向上する感覚をおぼえながらも、精神面での疲れを感じていた。木を見て森を見ず。全体のバランスではなく端々の「枝葉ばかりが気になってしまっていた」と当時を振り返る。

 当たり前の事実として、人間は疲れる。疲れていると「全てが雑にみえる」と語る梅原だが、現在は「疲れを感じれば勇気を出してきちんと休むことも厭(いと)わない」という。その場しのぎの安易な結果を求めるのではなく、「長く安定して続けられるやり方」を求めるべきと説くが、忙しない競争へ見舞われる人たちにとって、ホッと救われるような印象を抱くひとことでもある。

 また、勝ち続けることが必ずしも正解ではなく、時に負けることの面白さについても唱える。2013年9月、同じく世界的なプレーヤーとして知られるインフィルトレーションとの対戦当時を振り返る梅原は、「自分にやれることを全部やった。もしもこれで負けたら、自分の中にまた向上心が溢れてくる。そんな予感がした」と心境を語っている。

 同書において「負けることは挫折ではない。それよりも“今日は何の発見もなかった”と思う方が僕にとっては怖い」とも述べる梅原。万が一負けた時には「子供の頃の“ゲームがうまくなりたい”という純粋な情熱や動機が、また復活するような気がしていた」と対戦当時を回想するが、大切なのは単純に“勝つ”ことではなく、勝負を通して次へ、そのまた次へと繋げる姿勢が何よりも大切だと伝えてくれる。

 同書では他にも、その道をきわめた男ならではの視点から、目の前のものへいかにして立ち向かうかを考えさせられる言葉が凝縮されている。梅原が選んだのは格闘ゲームの世界ではあったものの、形がどのように変わろうと、物事の原理原則というのは普遍的な一面も垣間見える。それぞれの課題を前にして、日常へ立ち向かう人たち全てに、必ずや寄り添ってくれるであろう1冊である。

文=カネコシュウヘイ