斎藤工×窪田正孝出演 日曜ドラマ『臨床犯罪学者 火村英生の推理』!その原作小説にシリーズ最高傑作が登場!!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16


『鍵の掛かった男』(有栖川有栖/幻冬舎)

『古畑任三郎』や『トリック』など、テレビドラマは今まで多くの傑作ミステリーを生み出してきたが、その新たなひとつとなるか注目されているのが、2016年1月に放送開始した『臨床犯罪学者 火村英生の推理』だ。原作は、有栖川有栖氏による推理小説で、すでに、長編8冊と短編集15冊が発売済みの「作家アリスシリーズ」がそれに当たる。

こう書くと原作を未読の方は混乱すると思うので、少し説明を加えると、作家アリスシリーズとは、作者の分身である「推理作家・有栖川有栖」が、探偵役である火村英生の相棒として登場する一連の作品のことを指す。それに対して、学生アリスシリーズというのもあり、こちらは、「推理作家志望の大学生・有栖川有栖」が、サークルの先輩である江神二郎と共に、遭遇した事件に立ち向かうという内容だ。ちなみに、このふたりのアリスは、同一人物の過去と未来の姿というわけではなく、全くの別人として描かれている。

しかし、登場するキャラクターは違えども、推理小説として見た場合、両シリーズには、はっきりとした共通点があるのだ。それは、見た目の派手なトリックやインパクトの強いどんでん返しよりも、与えられた手がかりから、いかに犯人を特定するかというロジックにこだわっているという点だ。一見するとその作風は地味に思えるかもしれない。しかし、物証を用いず、推理だけで犯人を当てるという論理のアクロバットは、見事に決まるとこの上ないダイナミズムを感じることができるのだ。例えば、作家アリスシリーズの短編ミステリー、『スイス時計の謎』(有栖川有栖/講談社)では、「なぜ、犯人は腕時計を現場から持ち去ったのか?」というたったひとつの疑問を立脚点として、火村英生が唯一無二の真犯人を指摘する。この流れはため息がでるほど美しく、多くのミステリーファンの絶賛を博している。

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一方、作家アリスシリーズならではの魅力を語るとすれば、それは、何と言っても、火村とアリスの関係だろう。普段は皮肉や軽口の応酬をしつつも、その実、お互いを信頼している距離感がうまく描かれており、バディものとして秀逸なのだ。実際、このコンビの存在によって本シリーズは多くのファンを獲得しているといっても過言ではないだろう。

ただ、長い年月をかけて練りに練って書きあげている学生アリスシリーズ(26年間で長編小説4冊、短編集1冊しか発売されていない)に比べると、作家アリスシリーズは、どれも軽量級な印象がするのは否めないところだ。もちろん、シリーズとしての面白さは疑いようがない。しかし、それだけに、それらの顔となる重量級の作品が待ち望まれていたのだ。そして、2015年10月。ついに、それが発売された。タイトルは『鍵の掛かった男』(有栖川有栖/幻冬舎)。作家アリスシリーズ最長の作品である。

物語は、アリスがある大物女流作家に調査を依頼されるところから始まる。大阪・中之島の小さなホテルに5年間住み続けた初老の男が、部屋で首を吊ったのだが、それが本当に自殺なのかを火村英生に調べてもらいたいというのだ。しかし、火村は大学の試験業務で手が離せず、当面はアリスが調査を行うことになる。アリスはまず、男がホテルに住みつく前に何をしていたのかを調べ始めるが、そこから彼の数奇な人生が明らかになっていく。

本作がシリーズの他の作品と違うのは、事件だけではなく、ひとりの男の人生そのものを大きな謎として扱っているところである。その半生をひとつひとつ丁寧にひもとく作業は、犯人を特定するそれとは違った深い味わいがあり、読む者は知らず知らずの内に引き込こまれていく。話の展開は相当にスローペースだが、次第に明らかになる男の正体が気になって飽きがこないのだ。それに対して、火村がアリスと合流してからは、カミソリのような鋭いロジックで、現実の事件をまたたく間に解決へと導いていく。この緩急の対比が、また見事である。

本作は、作家アリスシリーズの中でもドラマの充実度は随一であり、ミステリーとしても高いレベルにあると言えるだろう。今までの作品と比べると明らかにワンステージ上がった印象を受ける。これを契機として、このシリーズがどう変わっていくのかは非常に興味深い。そして、同時に、1月から始まったドラマが、このあとどのように展開していくのか、期待をもって見守っていきたい。

文=HM