綾瀬はるか主演で連続ドラマ化 カズオ・イシグロの傑作小説『わたしを離さないで』

文芸・カルチャー

2016/1/6

人生につまずいた時、誰でも一度は「自分は何のために生きているのか、そして何を成すために生まれてきたのか」と考えたことがあると思う。生きる目的や成すべきことがはっきり定まっていない人は、時が経つごとに焦り、暗闇の中で必死に光を探そうとする。逆に何かを成したものの、それがつかの間の出来事であった人は、指の間からこぼれ落ちる乾いた砂のような過去や希望をすくい取ろうともがき続ける。

しかし自分が生きている意味や、生涯をかけて成すべきことについての明確な答えはすぐに見つかるものではない。ただ、思い描く理想は誰にでもあるはずだ。それは自分の手でつかみ取れるほど確かなものではないが、そうありたいと願う自分のあるべき姿であり、自分がこの世に存在する理由となる…それこそが「生きる縁(よすが)」なのだろう。

ぼんやりとしてつかみどころがないからこそ、そのクリアな姿を求め毎日を懸命に生きる。懸命に生きるからこそ、その先にある「死」の恐怖を日常では忘れることができる。そして生きる目的や成すべきことは年とともに移ろい、成長するごとに変わっていく。手に入れたことを取捨選択し、少しばかりの後悔や未練を抱えつつ、日々折り合いを付けてながら人生は進んでいくものだ。

しかしある日突然、他人から自分が生きている意味を明確に知らされたとしたら、しかもそれが自分の願いからかけ離れた、逃れられない必然だったとしたらどうするだろう? それでも人は運命を受け入れ、生きる意味があるのだろうか? そんな問題を突きつけてくるのが、記憶をテーマとするイギリス人作家カズオ・イシグロが2005年に発表した小説『わたしを離さないで』だ。

物語の舞台は1970~90年代のイギリス。田園地帯にある寄宿学校「ヘールシャム」で育ったキャシー、その幼なじみのルースやトミーたちが成長する姿を描く作品だ。しかしそこには幼少期特有の、大人によって優しく安全に守られている感じがない。それはやがて驚くべき事実として提示されるのだが、それが何であるかはここでは秘密にしておく。この作品を読む人に彼らの運命を受け止め、考えてほしいからだ。その奇妙な設定について、作者のイシグロはNHK Eテレで放送された番組『カズオ・イシグロを探して』で「設定はメタファーとして選んだものだ。物語が展開するにつれ、人々に気づいてほしかったんだ。これが全ての人に当てはまる、人間の根幹を描く物語だということを」と語っている。

31歳となったキャシーは介護人として働きながら、自らの運命とそこで出会う彼らの運命について考える。そこには「わたし」の何を「離さないで」なのか、という疑問が横たわる。握られた手なのか、離れそうになる気持ちなのか、それとも? それは読者に委ねられる大きな問いであり、全ての人が抱える人生への問いでもあるのだ。

大人になると、人生で与えられた時間というのは子どもの時に感じていたよりも短く、自分にできることは思っている以上に少ないことに気づく。しかし自分は何のために生き、何を成すために生まれてきたのだろうという可能性について考えられる自由や苦悩、そして心を温めてくれる自分が生きてきた証である思い出があることはとても幸せなのだとしみじみ思うものだ。

2016年1月からTBS系で始まる綾瀬はるか主演の同名ドラマも、過酷な運命に思い悩む彼らの姿を丁寧に描いてくれることだろう。そしてカズオ・イシグロの世界に興味を持った人は、彼の最新作『忘れられた巨人』もぜひ読んでもらいたい。古のイギリスを舞台としたこの作品も記憶がテーマであり、世界の成り立ちを考えさせる壮大な物語だ。

文=成田全(ナリタタモツ)

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