非合法売春施設“青線”の記録を残す旅 八木澤高明さんインタビュー

社会

2016/1/19

 この地で売春が行われていた、と聞かされても、まさか、と思う土地がある。非合法の売春施設「青線」。戦後の一時期、売春が認められていた「赤線」に対してそう呼ばれ、かつては日本全国に点在した。東京の新宿・ゴールデン街や吉祥寺・ハモニカ横丁など当時の面影をとどめているところもあれば、戦後に町をあげて米兵相手の売春をバックアップしていた東北の農村のように、その気配をまったく残していないところもある。フォトジャーナリスト・八木澤高明さんは青線があったとされる土地34カ所を訪ね歩き、『青線 売春の記憶を刻む旅』(スコラマガジン)を著した。

八木澤高明さん(以下、八)「足かけ10年ほどかけて青線をめぐりましたが、記録に残っているところがほとんどないんですよ。赤線があると決まってその近隣に青線も派生し、表向きは飲み屋の体裁をとります。飲んだついでに女性を買う。赤線での売春は遊郭建築のなかで行われハードルも高かったでしょうから、青線はもっと身近で気軽な売春施設として存在していたと思われますが、そのお店がなくなってしまえば正確な場所を特定できなくなります。運よく手がかりがあって私がたどれたのは、点在していた青線のほんの一部。かつては、どの町にも必ずといっていいほどあったものなんです」

 なぜその地で売春が営まれたのか。それを知るために八木澤さんは、あるときは当時を知る人を探して話を聞き、またあるときは土地の歴史をひもとく。たとえば、“売春島”として知られる三重県の渡鹿野島では、その起源が江戸時代にまで遡る。水運業と色街が足並みをそろえて発展した歴史は、ここにかぎらず日本各地に見られるものだった。そして歴史といえば、戦争と売春は切っても切れない関係にあることを忘れてはならない。敗戦の混乱期を、身体を売ることでしか生き延びられなかった女性たちがいた。

「売春は、経済活動そのものです。戦後、焼け野原の灰を吸って芽が出たかのようにバラック小屋が建ち、そのなかで売春が行われた。実に簡易的です。〈ちょんの間〉と呼ばれる、狭小な空間で短時間に済ませる売春は江戸時代からありましたが、戦後はさらにそれが先鋭化され、青線のスタイルとして定着したのでしょう。当初の客は米兵でしたが、彼らを相手に身体を売ってしのいでいくうちに少しずつ余裕が出てきて、時代も変わる。朝鮮戦争によって日本の景気が上向くと、米兵に代わって今度は日本人が客になっていきました」

 新宿・ゴールデン街では当時の建物がそのまま残っていてバーなどの飲食店に利用されている。性の残り香が色濃く残る街に、いまは夜な夜な数多くの外国人観光客が押し寄せる。

「青線を象徴する、飲み屋のなかにセックスだけのために作られた部屋がある安普請の建物というのは、世界的にも例がほとんどないんです。いってみれば、日本の合理主義、ミニマリズムの現れです。これこそ、売春文化におけるこの国のオリジナリティですよ。売春のことは知らなくても、日本文化の普遍性がはっきり見て取れるから、海外からの旅行客も惹かれるのではないでしょうか」

 戦後70年以上が経ち、当時を語れる人はもうほとんどいない。しかし、だからといって売春はなかったことにはならない。

「戦後の日本において、売春はひとつの時代を作りました。青線や色街を見れば、日本の歴史も浮かび上がってきます。そこにしがみつくことでしか生きられない人もいる。だからこそ、僕はその時代、場所を知る人たちに会って話を聞き、写真を撮って記録しておくべきだと考えたんです。いま、青線は跡形もなく消えようとしています。その理由は主に摘発ですが、浄化などという体のいい言葉でもって汚物扱いし、たしかに存在したものをなかったことにしようとしていることに強い違和感を覚えます。もともと公の記録に残らない類のものですが、それぞれの土地によって背景も発展の仕方も違った青線の記録を、私なりに残しておきたかったんです」

 しかし青線が廃れていった理由は、浄化を目的とした摘発だけではないと八木澤さんはいう。

「性産業の主流が派遣型になったり、インターネットを利用して個人間で売買春をするようになったり、ひと言で売春といえないほど多様化が進んでいるのも大きいでしょう。これまで青線で生きてきた人たちは、摘発で売春ができなくなってもやっぱり身体で稼がなければ生きていけないし、売春をはじめたときに青線のような店舗型がもうほとんど存在しなくて最初からそうしたスタイルを選ぶこともあるし、どちらにしても地下に潜るしかなくなる。危ない事件が起きるのも、当然でしょう」

 赤線にしても青線にしても〈線〉というからには境界があった。現代は、それが見えなくなっている。

「水清ければ魚棲まずというように、青線のような街も必要だと思います。悪所といわれることもありますが、経済活動としての必然性があって存在するわけです。本書にも、満足に食事を摂れず栄養失調状態だった女の子が遊郭に売られたときの逸話を紹介していますが、売春は時代の要所要所でセーフティネットのひとつとして機能してきました。そこをなくすのであればどういう代替案を出せるのか、これは行政が考えることですよね」

 人間の当たり前の営みとして、どの時代でもどの国でも行われてきた売春という行為を、八木澤さんは今後も引き続き追っていく。

「10年以上前から紛争地の取材と売春の取材を並行して進めていたのですが、男がいっぱい集まるところに売春はつきものです。日本にかぎらず、紛争地と売春についての関わりを掘り下げたいですね」

取材・文=三浦ゆえ