『冷血な面々』のなかには、私も入っています―蓮池透さんインタビュー

政治

公開日:2016/1/20


『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』(蓮池 透/講談社)

 『アジアの純真』という、2011年に公開された映画がある。

 日朝首脳会談がおこなわれ、北朝鮮による日本人の拉致が明るみに出た2002年、ある街で朝鮮学校の女子生徒が殺される。彼女はチマ・チョゴリを着ていたことで暴漢に絡まれて刺されるも、誰も助けようとしない。しかし双子の妹は、現場でそれを見ていた少年を引きつれて、社会への復讐を決行する。最初にターゲットになったのは、拉致被害者家族の男性。グロテスクな姿で北朝鮮への怨嗟を訴える男性のモデルは、蓮池 薫さんの兄の蓮池 透さん、という内容だ。

 その蓮池 透さんは2015年12月、『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』(講談社)という本を出版した。かつては映画の男性同様の強硬派として知られ、北朝鮮へ厳しい態度で臨むことを強く望んでいた彼は今、過去の自分を「非常に恥ずかしい」と感じている。そしてそれ以上に、安倍政権に対して「早くなんとかしてくれ!」という思いを抱えていると語った。

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蓮池 透さん

 執筆は昨年の春ごろから始めたが、複数の出版社から断られ、ようやく講談社に落ち着いた。その理由を蓮池さんは、「家族会や救う会の聖域化」だと見ている。

「本でも触れましたが、拉致問題においては日本政府の政策や『家族会』の意向に反論を唱えることが、ある種のタブーとなっています。以前ジャーナリストが『拉致被害者は生きていない』とテレビで話した際、1000万円の慰謝料を求める民事訴訟が被害者家族から起きました(最終的に100万円の支払いが命じられている)。だからどこの出版社も、腰が引けているのではないでしょうか。ようやく出版にこぎつけましたが、その代わり『今時「拉致の解決のために」とかつけても誰も見向きもしないから、ショッキングで人目を引くものにしよう』ということで、このタイトルになりました」

 蓮池さんが「今時」と語るには理由がある。失踪から24年後に薫さんは戻ってきたが、そこから2016年まで、14年近くも経ってしまっているからだ。帰国時に40代だった薫さんは、今年59歳になる。

「この14年間、政権は勇ましいことを言うばかりでまったく進展がありません。『必ず取り戻す!』とか書いてあるポスターを作って啓発活動をしていますが、いくら国内でPRしたって意味がないですよ。北朝鮮と交渉しないとならないのに、それができていません。また外務省はずっと『拉致問題については今やっています。でも内容は機密に触れるので秘密です』と言っていました。政治家も『我々が後押しするから、蓮池さんが先頭になって動いてくれ』と言いました。自分たちは拉致問題を人気取りに利用しておいて、おかしな話ですよね? もう家族や市民ができる運動はやりつくしてしまったのだから、あとは政府が動くしかない。それができていないから『このままでいいの?』と問題提起をして、拉致問題がこう着している現状に警鐘を鳴らしたかった。決して憂さ晴らしではなく、ちょっと早い私の遺言みたいなものです(苦笑)。北朝鮮では今年5月に36年ぶりの党大会が予定されていますが、そこで『拉致はもう解決した』などの政策決定がなされてしまったら、それこそ取りつくしまがなくなってしまう。悠長なことを言っている時間はないのです」

 同書は薫さんが失踪した当時のエピソードから始まり、安倍晋三や小泉純一郎、福田康夫などの歴代総理大臣や政治家が、拉致被害者家族にどう当たり、どう政治利用してきたか、「家族会」が方向転換した経緯や自身が離れた理由などが、関わった人たちの実名とともに描かれている。

 なかでも拉致問題を利用した政治家として、蓮池さんは真っ先に安倍晋三首相の名を挙げた。5人の拉致被害者を「一時帰国」として北朝鮮に戻そうとしていたことや、拉致問題に取り組む姿勢を見せたことで、総理大臣にまで登りつめたこと。「あらゆる手段を尽くしてまいります」と言いながら、安倍内閣では第二次を含めても、北朝鮮への経済制裁と拉致問題対策本部の設置のみだったこと。そして北朝鮮を悪として偏狭なナショナリズムを盛り上げ、右翼的な志向を持つ人々からの支持を得てきたこと。これらを見ていて蓮池さんは、「本当に拉致問題を解決した方がいいと考えているのか、大いに疑問になった」と憤りを見せた。

「一時帰国って言葉自体、ありえないですよね。でも24年ぶりに薫を目にした時は正直、複雑な思いでした。見た目も中身も、いなくなった頃とは全然違うし……。なんというのか、嬉しいというよりも驚きと緊張と失望の方が強かった。会話も成立しなくて、止めても止めても北に戻ると言うし、途方にくれましたよ……。でも5人が北朝鮮に戻った方がいいなんて、絶対思わなかった。だって、止めるのが人間の気持ちでしょう? なのに政府は北朝鮮との約束通り戻そうとしていたし、マスコミも『いつ戻るんですか?』しか言わなくて。安倍さんは「自分が日本残留を決断した」みたいなことを言っていますが、私以外、誰も薫を止めませんでしたよ。
 小泉元首相はそれでも、日朝間を動かしました。でも国交正常化を急いだために、拉致被害者の人権を軽視してしまったところがあると思います。国交が樹立すれば拉致被害者は帰ってくると政治家は言いますが、国は国民の生命と財産を守るものなのだから、それをないがしろにしての国交正常化なんてありえない。あまりにも被害者の人権を無視していると感じたので、自分が声をあげなくてはと思ったんです」

 1月12日の衆院予算委員会で民主党の緒方林太郎議員が、同書を取り上げて安倍首相に「拉致問題を政治利用したのか」と質問した。すると「そういう質問をすること自体、この問題を政治利用している」とキレ気味に反論し、さらに「私が申し上げていることが真実であることはバッジをかけて申し上げます。私の言っていることが違っていたら、私は辞めますよ。国会議員を辞めますよ」とまで答えた。蓮池さんはこれに対してツイッターで「私は決して嘘は書いていません」と応酬。「(安倍首相には)軽く受け流して、器の大きさを見せてほしかった」とも語る蓮池さんのアカウントには、賛同と同時に嫌がらせメンションも寄せられた。

「これまでもよく『北朝鮮の代弁者』とか『朝鮮総連と昵懇(じっこん)』とか言われることがありました。本にも書きましたがある時、取材を受けていた記者のメモに『家族会の右傾化』って書いてあって。『どこが右傾化だ?』と聞いたら『すべてです』って言われて愕然として。でも考えてみたら言動が先鋭化し過ぎていて、それでは本質的なことが伝わらないと気づき、考えを改めたんです。自分も無知だったから勢いに任せて過激なことを言ってしまっていたので、反省の気持ちで勉強したり弟の話を聞いたりしました。だから自分は変化したのではなく、進化だと思っています。だって『北朝鮮に攻めこめ』『あんな国は潰せ』という人もいますが、潰したら拉致被害者は帰ってくるんですか? 違うでしょう。政権にとって不利な人たちだから、真っ先に狙われますよ。北朝鮮とのパイプを断ち切ってしまったら、それこそ二度と戻れなくなってしまう。だから圧力をかけるのではなく交渉を継続することで、帰国を促していくしかないと思っています。
 ただ今回の核実験により国際社会、とりわけ米国と足並みを揃えて圧力をかけざるを得ない状況になってしまいました。核・ミサイルと拉致を包括的に解決とよく言われますが、何年かかるか分かりません。やはり北朝鮮との独自外交が必要です。この厳しい状況のなか、どう北朝鮮とのパイプを維持していくのか? 安倍政権の真価と本気度が問われていると思います。
 それにしても『アジアの純真』はショックでしたよ(苦笑)。あんなにグロテスクに見えていたなんて……。脚本家の井上淳一さんとは今では仲良しですけど、最初は私に殴られるんじゃないかと怯えていたそうです(笑)。だから『冷血な面々』のなかには、私も入っています。この本は、自己批判のつもりでもあります。『お前は自分の家族が帰ってきたから無責任なことを言うのだろう』と非難する人もいますが、だったら黙り込んで、『うちはよかった』と胸をなでおろす方がはるかに楽です。でもそれでは不健全だし、まだ帰ってきていない人がいることで、弟は精神的に解放されていませんから」

 薫さんは帰国後、大学で教鞭をとりながら韓国語の翻訳をしている。日本でも話題になった映画『トガニ 幼き瞳の告発』の原作本(新潮社)などを手掛けてきたものの、最近では依頼がめっきり減ってしまったそうだ。

「嫌韓本なら売れても、純粋な韓国文学を翻訳しても売れないからでしょう。韓国にもすぐれた文学作品があるのに、『韓国が嫌いだからそんなものは読まない』という風潮があるからか、依頼がなくなってしまった。おかしな世の中ですよね」

「嫌韓」は結果として、拉致被害の当事者も苦しめている。そのことに嫌韓を煽ってきた面々は、果たして気づいているのか。声を荒らげる前にぜひ、立ち止まって考えてほしい。

取材・文=朴 順梨