ギネス記録652セーブの守護神、マリアノ・リベラの自伝が神がかっている

スポーツ

2016/2/15


『クローザー マリアノ・リベラ自伝』(マリアノ・リベラ:著、金原瑞人・樋渡正人:訳、/作品社)

 まるで映画かファンタジーの世界である。2013年シーズンをもって43歳で引退したメジャーリーガーの投手マリアノ・リベラは、パナマの小さな村で漁師として働くやせっぽっちの青年だった。そんな彼がヤンキースのレジェンドとなったのだ。その物語は想像を超える。

 子どもの頃は、海辺で朽ちた棒きれをバット代わりに、石に網か粘着テープを巻き付けた物をボール代わりに、そして段ボールか牛乳パックで全ポジションのグラブを作っては、野球ごっこを楽しんだという。将来は修理工になることを考えていたが、ひとまずは父について漁師として働くように。海では2度命を落としかけたこともあった。野球は素人同然で、投手ではなかったという。

 ヤンキース入団のきっかけは、パナマで行われたトライアウトだ。ただし、地元の若者らが紹介料ほしさに片っ端から野球をする青年をスカウトに紹介していて、リベラもそのうちの1人だっただけ。まずは野手としてトライアウトを受けるも不合格。今度は投手でと勧められるがままに、2度目のトライアウトに挑戦した。石ころの球で天性の制球力をのぞかせていたリベラは、投手として(ほとんど経験もないのに)見事合格。ヤンキースのマイナー組織からキャリアをスタートさせ、5年後にメジャーに昇格した。

 そしてリベラは、ギネス記録でもある前人未踏のMLB記録652セーブを達成。パナマの貧しい家庭で懸命に働く青年は、名門ヤンキースの絶対的クローザーに華麗な転身を遂げた。

おごらずシンプルに。日々やるべきことに集中した野球人生

クローザー マリアノ・リベラ自伝』(マリアノ・リベラ:著、金原瑞人・樋渡正人:訳、/作品社)は、彼の自伝だ。タイトルに何のひねりもないのは、それだけ彼の名が吸引力を持つことの証でもあるが、本人もこだわりを持たなかったのではないだろうか。リベラらしい飾り気のなさが、より内容の濃密さを際立たせている。

「シンプルに考え、生きる」「やるべきこと、できることを行う」。世界中からトップレベルの選手が集まるメジャーリーグで、長年にわたって守護神として活躍したリベラだが、そうなろうと目指したことはない。日々、与えられた環境と機会にただ感謝し、変わらぬルーティンでマウンドに上がって、チームのために投げ続けたにすぎないと明かす。

 口うるさいヤンキースのファンの中には、回またぎやセーブ機会のつかない場面での起用に過剰反応する人も少なからずいたが、本人は疑問にすら思わなかったという。チームのため、監督が投げろといえば投げるだけ。ヤンキースの黄金期を支えたスター選手になっても、決しておごることなく、引退するその日までヤンキースのユニフォームに袖を通せるありがたみに深く感謝し、一球一球に集中する“仕事”を貫きとおした。

魔球カットボールも球速アップもすべては神の思し召し

 その結果、前人未踏の記録に到達した。最大の武器は、手元で大きく変化する独特のカットボール。速球の一種だが、メジャーのトップ選手すら最後まで攻略できなかった“魔球”だ。19年もの間、そればかりを投げ続け、名だたる打者のバットを折り続けた。第一線で活躍し続けた。本人も自嘲気味に語っているが、彼の投げる球は9割近くがこのカットボールだった。

 そんな魔球が生まれたのは、練習の成果でも研究の賜物でもない。ある日、いきなりボールが変化するようになったという。キャッチボールをしていたときのこと。当時のチームメイトが球を受けながら、「何てボールを投げるんだ、やめてくれ」と怒り出した。リベラは何のことか最初わからず、その変化を直すことに必死になったが、どうしても直らなかった。そこで、仕方なく曲がるまま制球することにしたのだとか。

 球速もにわかに大幅アップした。そのタイミングは絶妙だ。95年にメジャー昇格を果たしたリベラは防御率10.20と散々に打ち込まれ、わずか3週間でマイナーへ降格。すると突然、140キロそこそこだった球速が150キロ半ばまでアップした。スピードガンの故障かと思ったという。

「答えは一つしかない。神からの贈り物だ」「そうでなければ説明がつかない」魔球が生まれたことも球速がいきなり上がったのも、いきさつが神がかっていて、彼自身、理解に苦しんだほど。

 多くのアスリートが苦労を重ね、自らの技術を向上させているのとは正反対だ。奇跡でなければ、映画かファンタジーの世界だろう。あまりに出来すぎているのだ。だから本人が言うように、野球選手になり、成功を収めたことも“導かれた”ということなのかもしれない。

 史上初の黒人メジャーリーガーとして知られるジャッキー・ロビンソンがつけた背番号42の最後の継承者となったリベラ。ロビンソンに続いて、彼の物語が映画化される日もそう遠くない気がしてならない。

文=松山ようこ