いつの時代も夫婦の関係は千差万別―― 戦国武将とその妻の恋物語

文芸・カルチャー

2016/2/25


『ふたりじめ』(藤見よいこ/実業之日本社)

戦国武将とその妻の、史実を織り交ぜたフィクション漫画がある。

ふたりじめ』(藤見よいこ/実業之日本社)は、戦国の世を駆け抜けた7組の夫婦の恋物語を、現代風にドラマチックに描いている。

戦国時代の夫婦は、総じて政略結婚だったと思われている方も多いかもしれない。クローズアップされるのは、「お家のために」他家に嫁がされた悲劇の姫が多いからだ。

しかし本書は、決して悲劇のストーリーを集めた物語ではなく、むしろ、夫婦の情愛、深い絆を描いている作品なのである。

政略結婚の世にありながら、案外「相思相愛」で結婚に至った夫婦が戦国時代には多い。乱世の中、少しでも多く子孫を残さなければならない状況であっても、妻一筋で側室を置かなかった毛利元就、山内一豊などの戦国大名もちらほら見受けられる。また江戸幕府二代将軍・徳川秀忠や豊臣秀吉の家臣、福島正則は恐妻家として有名だ。

女性はなにも、一方的に虐げられ、弱々しく男性に従っていたわけではない。戦国時代には、生き生きした女性も多い。

さて、話がそれてしまったが、つまり何が言いたかったかというと、本書に描かれている7組の夫婦たちは、「あながち創作ではないかもしれない」ということだ。もしかしたら本当に、戦国武将の夫婦の間には、自由恋愛で平和な時代を生きている現代人には思いも寄らない愛情があったのかもしれない。そう思わせてくれるようなストーリーなのだ。

本書で紹介されている7組の夫婦を紹介しておこう。

「ふたりじめ」……織田信長と濃姫。
織田信長は言わずとも知れた有名人だと思うが、濃姫は正室であったにもかかわらずあまり知られていない。美濃の大名、斎藤道三の娘であったが、あまり史料が残っておらず、いつ亡くなったのか、信長との仲は良かったのかなども分かっていない。しかし、敵対した斎藤家の娘でありながら離縁されなかったということは、二人の仲は良好だったのではないか……と推測することもできる。

「ふたりよがり」……明智光秀と煕子。
煕子(ひろこ)は若い頃に疱瘡(ほうそう)という病にかかり、身体中にあばたが残ってしまったのだが、明智光秀はそんな煕子を受け入れる。煕子は美しい黒髪を売り、貧しい時代の夫を甲斐甲斐しく支えた。二人は非常に仲の良い夫婦だったという。

「ふたりあるき」……柴田勝家とお市。
織田信長の家臣で、信長亡き後に豊臣秀吉と敵対した武将、柴田勝家と、信長の妹で絶世の美女と噂されるお市のお話。勝家は初婚で、お市は再婚(しかも子連れ)であった。

「ふたりがてん」……細川忠興とガラシャ。
ガラシャは明智光秀と煕子の子供。本名はたまだが、キリスト教に入信し、ガラシャという洗礼名を与えられた。細川忠興は「たまを見つめていた」という植木職人を斬り捨てたなどの逸話が残るほどの、行き過ぎた愛妻家だ。

「ふたりずもう」……立花宗茂と誾千代(ぎんちよ)。
誾千代は7歳にして城督を継いだ女戦国武将。その婿養子となったのが立花宗茂だ。

「ふたりばみ」……前田利家とまつ。
大河ドラマにもなった有名夫婦。二人は21歳と12歳の時に結婚したそうな。現代で考えると、ちょっと……である。

「ふたりぼっち」……豊臣秀吉とねね。
二人は恋愛結婚であったらしい。秀吉は「女好き」でたくさんの女性に目移りしたそうだが、若い頃から支えてくれていたねねを軽んじることはなく、天下人になった後も生涯大切にした。

どのストーリーも感動的で、深く、時に激しく、戦国の世を駆け抜けた夫婦たちの息吹が感じられるようだった。

文=雨野裾