『海街diary』の作風はファンにとって衝撃だった? 吉田秋生の過去作品を振り返る

マンガ・アニメ

2016/2/29


『BANANA FISH』(吉田秋生/小学館)

 2015年に映画化され、数々の賞を受賞し話題となった映画『海街diary』。鎌倉を舞台に主人公・すずとその異母姉妹たちの日常や恋愛模様を描いた作品で、原作の同名漫画は小学館『月刊フラワーズ』で不定期連載中である。(2016年2月現在)この作品で吉田秋生という漫画家に出会った人にとって、登場人物たちの成長や恋の行方を追う“THE・少女漫画”な内容は特に違和感なく受け入れられるだろう。しかし、昔から吉田秋生の作品に親しんできた私にとってその内容はある意味衝撃的だった。ストリートキッズ、ドラッグ、マフィア――およそ少女漫画とは無縁と思われる言葉の数々。『BANANA FISH』(吉田秋生/小学館)は、そんな暴力的な言葉のオンパレードだからである。

 舞台は1980年代のアメリカ・ニューヨーク。ストリートキッズのボスであるアッシュはある日仲間内で不審な動きをしている者たちを尾行していた。すると路地裏で息も絶え絶えになっている男に遭遇するのだが、マフィアのボス・ゴルツィネの部下に追われていたというその男は今際の際に「バナナフィッシュ」という言葉と共に小さなロケットをアッシュに託す。アッシュはこの言葉に異常な関心を示した。彼にはベトナム戦争に参加し、戦争の凄惨さに耐え切れなくなりドラッグに手を出し廃人同然になってしまった兄がいたのだが、そんな兄が時折思い出したように口にする言葉が「バナナフィッシュ」だったのである。

 渡されたものはドラッグであり、アッシュはこれこそが「バナナフィッシュ」だと推測する。しかしそれはただのドラッグではなく、恐ろしい力を秘めた物質だった。ゴルツィネはこの力を使ってアメリカ政財界の支配を目論み、アッシュとゴルツィネはバナナフィッシュを巡って敵対する。

 そしてもう一人の主人公・奥村英二はカメラマンの助手として取材のためアッシュの元を訪れる。英二はアッシュより1歳年上だが物腰柔らかでどこか頼りなさげ。しかし心優しく穏やかな性格で、そんな英二にアッシュは徐々に心を開いていくのだった…。

 作品の中ではアッシュvs.ゴルツィネの対決がメインストーリーとして描かれるが、その中で育まれるアッシュと英二の友情こそ吉田秋生が描きたかったものではないかと思う。肌の色も目の色も、育ってきた環境も全く違う2人。アッシュは「俺たちは住む世界が違う」と言うが、そんなアッシュに英二は「ぼくたちは友達だ。それで十分なんじゃないかい?」と語りかける。

 また、登場人物たちのそれぞれの個性にも惹かれるものがある。アッシュは不良少年でありながらIQ200超えの超天才で運動神経抜群、容姿端麗で圧倒的なカリスマ性を持ちボスとして君臨する。少し口が悪いことを除けば欠点なぞ見つからないような特別な存在だが、英二の前になると朝が弱くカボチャが嫌いなただの年頃の青年になってしまう。英二は高校時代インターハイに出るほどの棒高跳びの選手だったが、怪我のせいで跳べなくなってしまった。暗い過去を抱えながらも明るく穏やかにふるまい、周囲への気配りを忘れない英二はアッシュにとって心の支えである。

 吉田秋生にとってはデビューしてから9年目に連載開始した作品である。この頃の他の作品を見れば、およそ少女漫画らしくない『BANANA FISH』もさほど違和感はない。しかし、デビュー後30年目に連載を始めた『海街diary』。何食わぬ顔で少女漫画然として彼女の作品棚に並んでいるが、かねてから吉田秋生を知る人にとっては驚きをもって迎えられただろう。「吉田秋生にこんな魅力があったとは!」とそのギャップには正直舌を巻いた。『海街diary』で吉田秋生デビューをした人は、是非その若かりし頃の名作もチェックしてみてほしい。

文=ヤマグチユウコ