卒業する人も、した人も、まだの人も 作家ヴォネガットによる“人生の役に立つ”講演集

暮らし

公開日:2016/3/23


『これで駄目なら 若い君たちへ――卒業式講演集』(カート・ヴォネガット:著、円城塔:訳/飛鳥新社)

 卒業式に壇上で話す人たちの挨拶というのは、紋切り型で通り一遍、そしてひどく退屈な話が多い。

「卒業おめでとう。君たちには無限の可能性と、素晴らしい未来が待っています。この学校での出会い、そして勉強したことを活かして頑張ってもらいたい」

 表面的なところをなぞったド定番の祝辞なんてネットを探したらいくらでも文例が出ているし、そんな言葉を贈られたところで今後の人生にはまったく役に立ちそうもない(「いいこと言ってやってる」と思っている壇上のお偉いさんの自尊心を満たすくらいの役には立つのかもしれないけれど)。

advertisement

「それよりも僕たちが聞きたいことは、壇上でふんぞり返って偉そうなこと言ってるあんたたちが作ったこの不確かで不安定で不安ばっかりしかない社会が抱えている悪い循環に飲み込まれないよう、逞しく生き抜いていくにはどうしたらいいか、って話なんだよ!」

 そんなモヤモヤする気持ちを払拭してくれるのが、アメリカの作家カート・ヴォネガットによる『これで駄目なら 若い君たちへ――卒業式講演集』(カート・ヴォネガット:著、円城塔:訳/飛鳥新社)に集められた、卒業式での講演の数々だ(卒業式ではないものも2つ含まれている)。

 この本の原題は『If This Isn’t Nice, What Is?』(これで駄目なら、どうしろって?)で、これはヴォネガットの叔父さんがよく言っていたセリフだという。

さて、叔父のアレックスは今天国にいる。彼が人類について発見した不快な点の一つは、自分が幸せであることに気づかないことだ。彼自身はというと、幸せなときにそれに気づくことができるようにと全力を尽くしていた。夏の日、わたしたちは林檎の樹の木陰でレモネードを飲んでいた。叔父のアレックスは会話を中断してこう訊いた。「これで駄目なら、どうしろって?」
そう、君たちにも残りの人生をそういう風に過ごしてもらいたい。物事がうまく、きちんと進んでいるときには、ちょっと立ち止まってみて欲しい。そして大声で言ってみるんだ。「これで駄目なら、どうしろって?」

 ヴォネガットはコミュニティに属すること、そして助け合うことの大切さを何度も説いている。大人になるというのはどういうことなのか、思いやりとはどんなことか、そしてアレックス叔父さんの話を幾度も繰り返し、ユーモアと少しばかりのアイロニーを交えながら、卒業する人にも、とうの昔に卒業してしまった人にも、そしてまだ卒業は先という人にも、心の襞に染み入ってくるような言葉で話しかける。お為ごかしではない、こんな本当の言葉で。

やらなきゃいけないことはたくさんある。
やり直さなきゃいけないこともたくさんある。精神的にも、肉体的にも。
そうして、もう一度言おう。幸せの種もたくさんある。
忘れちゃ駄目だよ!

 卒業、おめでとう!

※追伸
今年、つまらない話をしてしまったお偉いさんたちはこの本を読んで深く反省してください。でも悪いことはいいませんから、来年の挨拶でヴォネガットの真似だけはしないよう。

文=成田全(ナリタタモツ)