ついにファイナル!「あやしい探検隊」35年の歴史 椎名誠にとって“贅沢な旅”とは?

文芸・カルチャー

2016/4/9

椎名誠さんの招集により、2009年に十数年ぶりに復活した「あやしい探検隊」。北海道を車でひたすら走り回った旅は『あやしい探検隊 北海道乱入』として刊行、続けて韓国・済州島への旅は『あやしい探検隊 済州島乱入』として結実した。そして探検隊はさらに南下して台湾の離島へ上陸、この旅の記録が三部作シリーズのファイナルを飾る『あやしい探検隊 台湾ニワトリ島乱入』(KADOKAWA)としてこのたび上梓された。そこで探検隊の隊長である椎名誠さんに、探検隊のアジトである新宿3丁目の居酒屋でお話を伺った。

「あやしい探検隊」とは?

特にこれといった目的もなく旅に出て、男ばかりの集団で合宿をする「あやしい探検隊」。とはいってもジャングルの奥深くや神秘的な洞窟などを探検をするでもなく、旅行先も行き当たりばったり、メンバーも年齢はバラバラで様々な職業の人たちが入り乱れ、気ままに釣りをしたり酒を飲んだりという活動を行っている。この探検隊のそもそもの始まりは1980年に出版された『わしらは怪しい探検隊』であり、旅の目的やメンバーが変わりながら今も続く、椎名さんの人気シリーズだ。

椎名誠氏(以下、椎名)「俺が書いた一般書では『わしらは怪しい探検隊』が2冊目の本だったんだよね。それがいろいろとあって、途中ちょっと中断したりして、少したってからまったく別の陣容で色々変わるんだ。名前もね。アウトドアのプロフェッショナルだけで構成したときもあるし、まったくそうでない場合もあったしね。様々なメンバーが、5年から6年くらいで入れ替わってきたのかな。それで『あやしい探検隊 台湾ニワトリ島乱入』が、書き下ろし三部作のファイナルなわけ。でもさ、ファイナルとかそういうのは、読者はどうでもいいんじゃないの? 同じような顔ぶれが同じようなことしてるんだから(笑)」

ちなみにこの集団、63年に椎名さんを中心に結成された『東日本何でもケトばす会(通称・東ケト会)」が発端であり、「怪しい雑魚釣り隊」など名前を変えながら存続している(詳しくは『あやしい探検隊 台湾ニワトリ島乱入』の本文及び巻末の座談会で語られております)。それにしても男ばかりが合宿で集まる楽しさとは何なのか? 椎名さんに聞くと「俺、昔からそうなんだ」という言葉が返ってきた。

椎名「家族が女ひとりの五人きょうだいで、俺は下から二番目、男が多い家だったからね。毎日が合宿というか、まあ家族って合宿なんだけど。それから中高と運動部だったから合宿が必ずあって、運動部の合宿って面白いんだよね、ヘトヘトになって大変だけどさ。親元を離れてからはアパートで友達と一緒に住んでさ、大学生になってからは街のボクシングジムにも通ってたしね。練習終わった後にみんなで飯食いに行って、ビール飲む奴もいて、楽しいわけよ。サラリーマン時代には社員旅行で博打部とか大酒飲み部とか女遊び部とかあってね、俺は飲み部、博打部にいたんだけど。あとは飲んだ後、風呂での水泳部ってのがあって、ヘタしたら死ぬぞ、っていう(笑)。考えてみると、今と変わらないんだよね。そういう人生なんだよなぁ」

一か所にずーっといるのが“贅沢な旅”

今回、台湾の南東にある「緑島」という離島に行くことになった探検隊。しかしその行き先を決めたのは、前回の済州島が予想よりも寒かったため、もっと南のあったかいところへ行きたい、というメンバーのひと言だったそうだ。

椎名「行く場所を決めるのは本当にね、いい加減なのよ、俺たちは。…あ、俺がね(笑)。この前は北へ行ったから次は南だとかね、そんなレベルだもん。日本で一番遠いところはどこだ、なんて地図を広げて、ものさしで図ってさ、その辺によさ気な海があったりするとじゃあそこへ集合ってやってたこともあるし、北へ行くってことだけ決めて、電車賃も何百円かだけ買っといて、あとで精算なんてこともやったね」

さらに縦横無尽に移動しすぎた北海道の反省から、済州島では移動する場所を最小限に絞って成功したことを受け、台湾ではなんと一か所へ留まることに決定!

椎名「一か所にずーっといるのって、むしろ贅沢なんだよね。今の旅ってさ、一か所にいるってほとんどしないじゃない。それをやるのは山に登る人くらいなんだよね。俺は昔、山やってたから、天候待ちで一週間テントの中いるなんてこともあったし、こういう停滞型が楽しいのを知ってるんですよ。でも動かないと却ってよく見えるってことがあってさ。俺、動くと“損得勘定”になっちゃうことがイヤなんだよね。ココまで来たならばもう3時間いくとアレがある、とかどんどん遠くまで行っちゃうじゃない? でもわざわざ行って見たって、しょうがないんだよ。なんか急かされる感じでね。だから今回の旅はそれのまったく逆。俺はたくさん旅してきたから、一か所にいる方が贅沢だと思ってるんだ」

ニワトリがたくさん庭に住み着いているため「ニワトリ宿」と命名した建物での総勢29名、男ばかりのメンバーが入れ替わり立ち代りする合宿生活では、うどんにブチ切れ、マグロ・カツオ釣りに出かけ、美味いモノを食いながら大量の酒を消費し、宴会を開き、地元の小学生と野球対決をして、近所の人に「いつまでいるのか? あの日本人の集団は何をしているのか?」と怪しまれるなど、いつも通りなタンケンが繰り広げられる。

椎名「合宿をしてると、それぞれのジャンルで、いろんなキャラクターが出ちゃう。自ずとバレちゃう。そうするとこっちは許さないからね、隠したって(笑)。俺にはそういうバカを見つける、動物的勘があるんですなぁ。そもそもバカじゃなけりゃね、こんな旅に来ないですよ。それからね、合宿は男がむき出しになる。これは面白い。ケンカもあるしね。偉ぶってるヤツが意外と根性なしだったりしてさ、先輩がそんなんだと、みんなで笑うわけ。人間の中身が見えてくる、というのが男の団体生活なんだよ。そういう意味では、結構冷酷なもんだよね」

椎名さんの考える「大人」の条件

上は70代から下は20代という幅広い年代の様々な職業の人がメンバーの探検隊。3回目となる旅は大成功、しかもメンバーが慣れてきて、役割分担を自ら進んでこなしているという。

椎名「俺が決めなくても勝手に決まってくし、自然のヒエラルキーが出来てる。これは俺が決めてるわけじゃなくて、真ん中くらいにいる奴が決めてる。だから俺は威張ってもいないし、なんにもしないんだよ。役にも立たないし、権威もない。大人しいもんだよ(笑)」

基本的には年齢の順にエラい、というルールのある探検隊だが、椎名さんは「年齢っていうのは非常に個性的なもんだと思ってる」と言う。

椎名「ポリネシア辺り行くと、年齢関係ないもんね。北極行ってもそうだし。経験数と、度胸と、技術みたいなもので決まってくるんだよね。ニューギニアなんかは成人式はバンジージャンプだし、マサイ族なんてライオンと対決しないと成人出来ないんだよね。今はもう禁止されてるんだけど。それができないと、そいつは一生大人になれない。でも日本は違うじゃない、行政が決めるから。大人になった奴が幼児みたいなことをやってるわけですよ。だから実は年齢じゃなくて、価値観みたいなものをどのくらい早く自分の中に持つか、っていうのが大人の条件だと思う。それからいつも新宿来ると、あれラーメン屋なのかなぁ、行列ができてるんだよね。でも俺は絶対ラーメン屋ごときで行列に並ばない。あの30分、もったいないよ人生の中で。それから恥ずかしい。よその人に『僕、ラーメン食うために並んでるんですよ』って顔は見せたくないね。だったら隣りの空いてるラーメン屋行きますよ。そういう意地とか取り決めとか、自分に対する戒めだよね、それをどのくらい持ってるか、っていうのが大人の尺度だと思うな」

今後は「あやしい」から「妖しい」へ!?

旅先の出来事やハプニング、メンバーによるバカ全開な行動、最後にはメデタシメデタシとなりながら、どことなく男たちの哀愁を感じる、椎名さん独自の文体で綴られる「あやしい探検隊」シリーズ三部作。今回ファイナルとなるが、「『帰ってきたあやしい探検隊』ってのを一度やりたいね。帰ってきちゃった、っていうね」と笑う椎名さん。現在『週刊ポスト』に連載されている、探検隊とほぼメンバーがかぶっている「怪しい雑魚釣り隊」は継続中なので、それがまた変化する可能性は十分にありそうだ。

椎名「沖縄に久高島っていうのがあるんだけど、あそこはあやしい島でさ、異常体験するらしいんだよね。もともとはユタの御嶽で、昔は入れなかったんだよ。聞いた話だと、島の中で離れ離れになった人の時間軸がズレちゃってるってことがあるらしくて、30分位の誤差ができちゃうんだってさ。これはすごいな、と思って。もし行くなら、そういう今まで触れてない世界に行ってみたいね」

すると「探検隊には、女性は絶対に参加できないんですか?」と、同席していた女性編集者が椎名さんに質問をぶつけた!

椎名「もしだよ、仮定として男5人、女5人で行かなきゃなんないとなったら…これほどの探検はないよなぁ。これほどの“妖しい”探検はない。そういう発想はなかったな。移動は状況によりけりだけど、逃げざるを得ない、って状況はあるかもしれない(笑)。危険は伴うけど、『妖しい探検隊』、一度やってみたいねぇ」

取材・文=成田全(ナリタタモツ)、写真=内海裕之

<プロフィール>
作家 椎名誠●1944年東京都生まれ。『本の雑誌』元編集長。79年、初の著作『さらば国分寺書店のオババ』がベストセラーとなる。『犬の系譜』で吉川英治文学賞、『アド・バード』で日本SF大賞を受賞。写真家、映画監督としても活躍する。作家業界で一番多くテント生活と合宿生活を行い、焚き火の回数と飲んだビールの量も一位、とまわりのヒトは言う。