麻薬(クスリ)が人に忍び寄るのか、人が麻薬に近づくのか。世界の裏で蠢く黒い影の正体とは!?

社会

2016/6/17


『読む麻薬(クスリ)』(柘植久慶/PHP研究所)

 陰謀論というものがある。大地震は地震兵器で起こったとか、フリーエネルギーはすでに完成しているのに世界を支配する組織が普及を阻んでいるというような言説だ。もちろん個人や組織の一部が、なにがしか策謀することはあるだろうが、世界中を巻き込んで秘密を共有しコントロールするというのは、どだい無理な話である。『読む麻薬(クスリ)』(柘植久慶/PHP研究所)を読むと、世界はもっと個人的な欲求により動かされ、そして個々人の欲望をコントロールなどできないということを思い知らされた。

 本書は、世界中の戦争の歴史をひもときながら、麻薬の変遷とその恐ろしさを、著者独特の淡々とした文章で綴っている。そもそも人類が阿片(アヘン)の原料となる罌粟(ケシ)と遭遇したのは新石器時代であるらしく、その鎮痛作用が認識されることで古代において重宝され、紀元前には地中海に広がっていったようだ。本書によれば、「人類が最初に目印を打刻した貨幣の流通と、地域的に共通している」というから、経済活動とも密接に関わっているのが分かる。そして「痛みに耐えるのが辛い」ことは、現代人とて同じこと。ましてや医療が未発達な時代においては、鎮痛剤の役割が大きかったことは容易に想像できる。

 アメリカ特殊部隊に加わり従軍経験のある著者は、麻薬禍が国や地域に広がった原因の一つとして、戦争時に兵士の治療に用いられたことを挙げている。戦争が終わり帰還した兵士が中毒者になっているため、そこには需要が存在し、需要があれば経済の原則として供給されるからだという。

 では、その麻薬禍を断つために国が規制しようとすると、これが容易ではない。原料の習性が、そこに絡んでくるのだ。面白いと思うのは不謹慎だが、例えば罌粟は涼しい気候の南に面した乾燥した斜面が生育に適しているのだそうで、その地域の住民にとっては生活の糧となる。生産地や輸送ルートの属する国ごとに法的な制度や実効支配の状況が違うため、なおさら取り締まりは一筋縄ではいかないし、植民地支配の時代においては、支配地域の運営と自国の利益という事情が加わる。そのうえ、コカの葉を原料とするコカインが登場すると、今度はコカの葉と罌粟とでは生育場所の条件が違い、さらに事態は複雑なものになるという次第。

 ところで、本書はもちろん一般的にも「麻薬」と一括りにしているが厳密には、気分が沈んだ感じになるローが本来の麻薬であり、気分が高揚するハイとは区別する。ローの代表が阿片やヘロイン、ハイの代表がコカインや元野球選手の清原和博が使用していたアンフェタミン系の覚せい剤である。本書では中国人はローを好み、日本人はハイを好むようだと指摘している。この違いにより、北朝鮮は外貨獲得のためにヘロインを製造したものの日本に販路が広がらなかったため中国へ輸出して、日本には覚せい剤を持ち込むことにしたそうだ。かつて日本でも薬局で合法的に売っていたハイの「ヒロポン」は、戦時中には朝鮮半島の製薬会社でも製造していたというから、ノウハウは持っていたのだろう。人々の欲と思惑が歴史の中で複雑に絡み合い、やはり麻薬禍のコントロールは難しいと言わざるをえない。

 なればこそ、まずは自分が気をつけなければならないだろう。清原は謝罪文において「ストレスに耐えられなかった」と述べているが、著者は清原のようなスポーツ選手が用いる理由を、「痛み」によるものとも推測している。肉体的にも精神的にも苦痛から解放されたいという人間の根源的な欲求に呑まれたら、それを振り払うには「とてつもない精神的な戦いを展開せねばならない」と語る著者の助言は重い。

文=清水銀嶺