『PSYCHO-PASS』ノベライズを手がけた作者最新作!大戦前夜の帝都で、特殊部隊が“逸脱者”たちを蹂躙する!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/15


『磁極告解録 殺戮の帝都』(吉上 亮:著、安倍𠮷俊:イラスト/KADOKAWA)

いつか憧れた揺るぎないヒーロー像とハードな人間ドラマを送り出す小説レーベル「ノベルゼロ」。今回取り上げる『磁極告解録 殺戮の帝都』は、『パンツァークラウン フェイセズ』シリーズやTVアニメ『PSYCHO-PASS』のノベライズを手がけてきた吉上亮による待望の新作だ。イラストは『リューシカ・リューシカ』ほか数々のコミック、イラスト、キャラクターデザインを手がけてきた安倍吉俊が担当。実力派によるタッグが実現した。

舞台は、新物質“磁性流体”の発見と、それを操る特殊能力“磁律(ジリツ)”を使う者の出現により、大きく発展した大日本皇国。磁性流体は武具や攻撃機のほか、義肢、建築物、記録媒体などあらゆる兵器、道具に利用され、皇国繁栄の要となっていた。時代設定は架空の“照和”7年。帝都の政情不安からテロリストが跋扈し、治安維持法の下、特別高等警察や憲兵が過剰な取り締まりを行っていた時代だ。

主人公の仁祈生(ジン・ギショウ)が所属する特別検閲群、通称“特検群”は、そんな特高警察や憲兵のいきすぎた武力行使を監視し、ときに実力行使で暴力を食い止める特殊部隊である。祈生は磁律によって磁性流体の武器をまとい、圧倒的な力で逸脱した者たちを蹂躙していく。一切の躊躇なしに相手を屠っていくシーンは本作屈指の見どころといっていいだろう。

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祈生は相手の心情など一切おかまいなしという無慈悲な人間だ。それはとある理由により、ある人物のためだけに生きるというアイデンティティに由来している。元無政府主義者で憲兵に拘留されていた過去を持つ祈生は、わずか19歳にして特検群の司令官を務める織紗煉裡(ネリ)に命を救われた。その恩から彼女のあらゆる命令を遂行すると誓い、特検群に籍を置いている。暴力も殺人も厭わず、愛国心もなければ、貧しい者を救いたいという感情もない。判断基準は「皇国を愛し、臣民を愛する」煉裡にとって有益かどうか。それは歪んだ真っ直ぐさかもしれないが、煉裡に尽くそうとする姿は単純にカッコいい。

ただ読み進めていてハッとさせられるのは、祈生のフラットな視点からあらゆる思想やイデオロギーがこちら側に流れ込んでくることだ。「俺は煉裡のほうを向いている。あとはお前が考えろ」といわんばかりに、“照和”7年の熱狂をこちら側へスルーしてくる。

祈生の前に現れるのは、皇国で消耗品のように扱われる労働者や、政治の失敗で困窮した地方の農村出身者など、地の底を這いずりながら生を渇望する者たちだ。富める者はますます栄え、貧する者はますます窮していった“照和”7年とは、つまり持たざる者があらゆる手段で社会を変革しようとした時代だ。本書には、プロレタリア作家・小林多喜二や戦前の政治家である井上準之助などの実在の人物が登場するほか、特定の人物をモチーフにしたとおぼしきキャラクターも多数登場し、実際に起こったテロ事件「血盟団事件」をベースにストーリーが紡がれていく。史実と虚構と織り交ぜていくことで、右も左も正義も悪も関係なく、社会の中で足掻く者たちが照らし出されていくのだ。

時代を反映した強烈な価値観の衝突に、ひょっとすると厭世的な気分に抱くかもしれない。それでも希望を見出してしまうのは、祈生をはじめ登場人物たちが皆、強い意志をもった生き様を見せてくれるからだろう。

文=岩倉大輔