「生きる世界は他にもある」朝井リョウが『世界地図の下書き』で伝える、「逃げる」ことの意味

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/14

児童養護施設「青葉おひさまの家」で暮らす小学生の太輔。事故で両親を亡くしたあと、引き取られた伯父夫婦の家で虐待を受けたため、はじめは心を閉ざしていたが、同じ部屋の仲間たちのおかげで徐々に打ち解けていった。中でも心の支えになったのは年上のお姉さん、佐緒里だ。その佐緒里が高校を卒業し施設を出ていくことになったとき、太輔たち4人の小学生はある贈り物を考える──。

世界地図の下書き』(朝井リョウ/集英社)は、それぞれ事情を抱える子どもたちの日々が細やかに描かれている。太輔と同い年の淳也、その妹の麻利。おしゃまな美保子。彼らは学校でのいじめや疎外感、帰る場所のない孤独感などと戦っている。けれど本書の眼目は、彼らの悲劇を描くことではない。むしろ彼らから伝わってくるのは「希望」だ。辛いこともある、うまくいかないこともある、けれどどんな場所にも希望は必ずある。それこそが本書のテーマと言っていい。

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虐待を受けていた太輔は、施設で徐々に落ち着きを取り戻した。同じく虐待を受けていた美保子は、それでも自分を虐待する母と暮らす日を心待ちにしている。施設の仲間は、いじめられている麻利を案じ、夢が閉ざされた佐緒里を励まそうとする。彼らにとって「青葉おひさまの家」は、家庭や学校での辛さをしばし忘れ、守ってくれる場所だ。そんな場所があるから、彼らは自らを追い込まなくて済む。

いじめによる自殺、受験や就職に失敗しての引きこもり。そんなニュースが後を絶たない。ひとつの失敗で人生すべてがダメだと感じてしまうほど追い詰められた人々に向かって、朝井リョウは「生きる世界は他にもある」と伝えている。それがこの物語だ。人生には選択肢がある。今がどんなに辛くても、それがあなたの人生のすべてではない。ひとつの夢が潰えても、人生全部が潰えたわけではない。自殺するくらいなら逃げる方がいい。もっと楽に息ができる場所がどこかにある、と。そう思うだけで、絶望は和らぐ。

太輔たちもいずれは施設を出ていく。外の世界が、今より幸せかどうかはわからない。もしかしたらそこでもまた、辛い思いをするかもしれない。けれど、希望はどこにでもあるのだ。そして私たちは自分で、生きる世界を探すことができる。希望を探すことができる。今いる場所の外の世界を、自分の地図に書き入れていくこと。それが、辛い人生から一歩を踏み出すということなのである。

文=大矢博子

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