「復讐はエネルギーだ!」心臓を失った男の、憎悪に満ちた復讐劇『撃鉄の心臓〈クオレ〉』

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/13


『撃鉄の心臓〈クオレ〉』(てにをは、イラスト:大槍葦人/KADOKAWA)

本書に「目の前の仇に銃口を向けているとき、自分も背後から同じように銃口を向けられている」という一節がある。復讐とはつまり、自らもまた誰かの憎悪に晒されることであり、死の淵に立つことだ。その覚悟がなければ復讐は達成不可能なのである。ボカロPにして作家のてにをはが送るノベルゼロ最新刊『撃鉄の心臓〈クオレ〉』(イラスト:大槍葦人/KADOKAWA)は、自らを裏切りすべてを奪い去ったマフィアに報復を果たそうとする、ある男の復讐劇だ。

物語の舞台となるのは、戦争ののちに人種のるつぼとなった日本。巨大犯罪組織ヴィスコンティ・ファミリーの幹部ハイムラ・ユージは、組織に裏切られ大切な部下とともに命を落としてしまう。ところが、気まぐれな死神の手によって蘇り、心臓がクオレという少女の胸に預けられた。脅威的な回復力と不死性を手にしたユージは、自らの心臓(イタリア語でクオレ)を守りながら、ファミリーへの復讐を誓う――。

ユージは復讐に救いを求めているわけではない。ただ単純に復讐するという覚悟でのみ行動している。だから、感情に一切のブレがない。自分を陥れた黒幕を突き止めるため、悪趣味な拷問や情け容赦ない暴力など、あらゆる手段を講じていく。心優しいクオレがどんなに悲しそうな表情を向けても、仇に鉛を撃ち込むのをやめない。まさに復讐のための復讐だ。

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「復讐はなにも生まないなんてありゃ嘘だ。死んだ者はそんなこと望んでいないなんてデタラメさ。復讐はエネルギーだ。活力だ。復讐という動機は泥沼に足を取られた人間を前進させる」

過激な考え方や描写のある作品ではあるが、ファミリーのほかあらゆる組織、人物の汚いやり口が描かれるため、ユージの復讐劇は意外なほどに爽快感を与えてくれる。頭のネジがぶっ飛んだ殺戮マシーンや協力者の皮を被るクソったれの裏切り者など、送り込まれる刺客も送り込んでくる奴らもとにかくロクな奴がいない。誰も彼もがユージを食い物にしようとするのだから、クズに制裁を加えるユージを見て心がスカッとするのも当然なのである。

ゲスでクズなキャラクターが続々と登場するなか、一種の清涼剤となるのがユージの心臓を持つクオレだ。純粋で真っ直ぐで疑うことを知らない、正義感の強い女の子。ユージとは人生観、価値観、世界観などあらゆるものが反対で、幾度となく衝突を繰り返す。それでもユージに食い下がり、“正しいと思うこと”をぶつけていく。想いが強すぎて、ときにトラブルを巻き起こすこともあるが、正しい道を進んでいこうとする姿勢は、とても眩しい。自分の心臓を守るという理由だけでクオレを連れ回しているユージが、どのようにクオレの想いに向き合っていくのかも大きな見どころだ。

本書はマフィア映画や任侠映画を彷彿させる描写もふんだんに詰め込まれている。そのため、そちら方面に明るい読者ならばより楽しめるはずだ。舞台もヒロシマやトーキョーのほか、東方クーロンなる香港の九龍城砦を模した場所が登場する。血と硝煙だけでなく、路地裏に漂うすえたにおいや男と女の体液が混じり合った甘ったるいにおいなど、鼻腔を刺激する描写にも力が入っているため、きっとそれぞれの場所でユージの復讐劇に立ち会っているような感覚になるだろう。

文=岩倉大輔