猫も愛も笑いも楽しめる。今見逃せない人気画家・ヒグチユウコの世界!【ヒグチユウコ『ギュスターヴくん』インタビュー前編】

文芸・カルチャー

更新日:2018/12/20

『ギュスターヴくん』(ヒグチユウコ/白泉社)

「かわいい」、「癒される」といった言葉だけでは収まらない存在感と魅力を放つ猫たちの絵。そのほか動植物や少女をモチーフにした幻想的な作風で、国内外に熱狂的ファンを持つ画家・ヒグチユウコさん。インテリア雑貨のオリジナルブランド「ギュスターヴ ヒグチユウコ(GUSTAVE higuchiyuko)」も大人気で個展を中心に活動している彼女が、この9月に“猫”も“愛”も“笑い”もある新刊4冊と限定版を発売。関連イベントや展覧会もあり、ヒグチユウコの作品世界にどっぷり浸れるまたとない機会となっている。

そこで今まで彼女の作品紹介をしてきたダ・ヴィンチニュースでは、満を持してご本人にインタビュー。 前編ではオリジナルブランド名と同じ名前の主人公が登場する新作絵本『ギュスターヴくん』と『ギュスターヴくん 豪華手帳つき限定版』について話を伺った。「猫がそれほど描きたかったわけではなくて」と意外な本音も語ってくれた人気画家の素顔とは?

――新作絵本『ギュスターヴくん』の主人公の名前でもある「GUSTAVE(ギュスターヴ)」というブランド名は、どんな発想から生まれたのでしょうか。

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ヒグチユウコさん(以下、ヒグチ) ギュスターヴというのは巨大なナイルワニのことで、私のなかでは巨大生物に対する強い憧れがあるんです。もともと動物は好きで犬や猫を子どもの頃から飼っていて、実家を離れてからもボリス(生後3カ月から飼っている猫)と一緒で性格的に面白い猫なので身近なモチーフになっただけで、猫がそれほど描きたかったわけではなくて。猫を描く仕事のオファーが多かったから猫の絵が増えていきましたけど、他にもいろいろ描いています。

――新作絵本『ギュスターヴくん』の主人公は、顔は猫ですが足がタコで手がヘビというユニークな姿をしていますね。今までもいろいろなところで描かれていますが、今回このキャラクターを主人公にしようと思ったのは?

ヒグチ これは白泉社さんが自由に描かせてくれた、すごく私らしい絵本なんです。主人公は今まで描いたキャラから選んだだけで、モデルはうちのボリスなのでとってもいじわるですし、ストーリーも何の教訓もありません。でも自分が子どもの頃に読んで心惹かれた本がそういう本だったので、本当に楽しく描かせてもらいました。

――たとえばどんな本が好きでしたか?

ヒグチ 神話はよく読んでいました。『ヤマタノオロチ』とか。海外のものだと『かいじゅうたちのいるところ』のように、教訓というよりはちょっとした出来事や幸せを描いているものが好きでした。『しろいうさぎとくろいうさぎ』は、絵はすごく素敵ですけど私のなかではどうでもいい感じで、それは今でも謎です。ロングセラーになっているということは多くの読者が共感しているわけですから、好きなものはやっぱり人それぞれだなと思いますね。

――この絵本は、「きみは ネコなの? ヘビなの? タコなの?」とワニがギュスターヴくんに聞いて、彼が適当に答える場面からはじまります。思わず笑って『せかいいちのねこ』の話を思い出しました。あの作品は、本物のネコになりたいぬいぐるみのネコの物語で、最後は「自分はせかいいちのねこ」であることに気づかされます。自分は何者でもない自分というテーマで、2作はつながっているように思いました。

ヒグチ そうかもしれません。自分は自分であって何者でもないですし、どこかに属す必要もないので、『せかいいちのねこ』はもっと道徳的ですが、今回は自由に描きました。「ここに出てくる不思議な生き物たちは何なの?」と思う方もいるかもしれませんが、あえてそこを説明する必要もないのが本来の絵本の良さですし、それは私の本質的なところでもあります。

結局は答えが出ないことを、みんな追い求めて生きているわけですよね。必ず死んで行くのにその人生はなんのためにあるの?と考えたとき、空しさしか感じない人もいれば、限られた人生だからこそ面白さを感じる人も、何も考えることなくただ楽しむ人もいるでしょうし、とらえ方は人それぞれです。人の人生に答えもなければ正解もないということは、この絵本を読んだ人がどう思うかも自由であって、自分が自由に楽しく描ければそれでいい。私はそう思っています。

――作品の受け取り手を意識した瞬間から芸術性は薄れていく、という面もあるのではないかと思います。

ヒグチ そうですね。ですから今は企業とのタイアップのコンペも受けていません。一生にあとどれだけの仕事ができるか考えると、その仕事が自分にとって必要かどうかが判断基準になります。そうするとやっぱり、自分が好きなように好きな絵を描くほうを優先したいので。

――ギュスターヴくんが、不思議な生き物たちを次から次に本から引っ張り出すという発想も面白いです。本はお好きですか?

ヒグチ 博物画とか好きですけど、ものすごく好きなのになかなか開けない本があります。そこに収められている情報を見れば見るほど影響を受けてしまうので、あんまり開かないようにしている本はたくさんありますね。でもそこには好きなものが詰まっていていつも閉じられているけどちゃんと意識している、そんな感じです。

――『ギュスターヴくん』の描き下ろし原画展も開催されますね。

ヒグチ 私の場合まず個展ありきで、必ず会場を見てそこで何ができるだろうかと考えてから作品をつくりはじめます。今回も最初にポーラミュージアムの会場を見て、ギュスターヴくんの話を一周させて世界観をつかんでもらえるといいな、と思いました。そのあと白泉社さんに内容をお話して、問題がなければ絵本もすべてお任せいただけませんかとお願いしたのです。展覧会では原画と立体物のコラボレーションをしたくて、尊敬しているぬいぐるみ作家の今井昌代さんにキャラクターたちのぬいぐるみ制作をお願いしました。展覧会ではその作品の展示を楽しんでいただけると思いますが、書籍で立体物を見せるのはすごく難しかったですね。

――ギュスターヴくんをはじめ、タコ、ヒトデ、カタツムリ、ワニなど、ヒグチさんの作品によく登場する生き物たちのぬいぐるみは絵の中からそのまま出てきたかのようにリアルで、シュールな可愛さがあります。

ヒグチ 私は生物全般が好きなので、ヘビもカタツムリも美しいと思って描いているんですが、そういう生き物がダメな方が多いことを最近はじめて知りました。タコも欧米では手足が多いから悪魔の生き物だと言われていますけど、生き物を嫌うこと自体あまりピンとこないんですね。

私の感覚では愛らしくて楽しい世界を描いているつもりで、今井さんはそこをよくわかってくださっている方なので、すべての作業を楽しく進めることができました。
この中でギュスターヴくんはよく絵を描いています。ある意味これは自分の姿で、誰かのために描いてるんじゃなくて自分のために描いてるんですね。それで困ってしまう人もいれば面白がっている人もいるけど、ただそれだけ。自分が描きたいものを描くって、そういうことなんじゃないかなと思います。

後編へつづく】(9月17日(土)9:00公開予定)

取材・文=樺山美夏