母との葛藤を抱え田舎へ移住“農的生活”を描いた『野分のあとに』が受賞!第3回「暮らしの小説大賞」授賞式レポート!!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/13

 2016年9月30日(金)、都内において第3回「暮らしの小説大賞」の受賞発表会が開催された。

 本賞は“衣食住”をテーマにしたもの、及びモチーフにした作品を募集している。日々のなにげない「日常」で起こった大小さまざまな出来事と、それに付随して湧き上がる感情を、物語に織り込んだ作品を求めている。

 さて、第3回となる今年は、第1回から選考委員を務めるフードスタイリストの飯島奈美さん、ブックディレクターの幅允孝さんに、作家の石田千さんを加えて開催された。作品の応募総数は122 作品。キャラクターノベルが増え、SFや時代小説でも「面白い」と思える作品の多かったことが印象的だったそう。

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 そんな中、見事に大賞を受賞したのは和田真希さんの『遁(とん)』だ。
※単行本刊行時は『野分けのあとに』に改題

『野分けのあとに』(和田真希:著、山本由実:イラスト/産業編集センター)

 ごく普通の核家族で育ったはずの主人公・絵梨は予期せぬうちに家族から孤立してしまう。高校卒業後、地元の小田原を出て、東京での自由な生活を楽しむこと数年、徐々に「人から認めてほしいという欲求」が彼女を肉体的にも精神的にも追い詰めていく。東京での生活に疲れ切った絵梨は小田原に戻り家庭菜園を始めることに。ある時、地元新聞の「丹沢地方の山奥で農耕を行っている若者」の記事を読み、絵梨はその若者の元へと足を運ぶ。その日から、彼女の山奥での「農的暮らし」が始まった。「全身で暮らすことは、全心で生きることだった」と気づいた絵梨。農的な生活と関わることで、彼女の心は変化していく――。

 著者の和田真希さんは農業を営んでいるという。受賞の挨拶も、農業的な例えが盛り込まれた。

「この本を作るのは、決して一人ではできなかった。まさに農業でいうと、色々な方に肥料を頂き、水を頂いて、世話をしていただいて、応募作がやっと本になった。だから(カバーに)一人の名前しか書いていないのが、ちょっと……と思う。こんなに色々な方の力を借りて、ここに立っていることが奇跡だと思う。多くの方に感謝したい」。

 和田さんの作品に対して、選考委員の石田千さんは「お話を作るのに集中しているような応募作が多かった。『その人でないと書けないだろう』という作品を選びたいと思った。そういう意味で、和田さんの作品は和田さんにしか書けない心の葛藤や思春期時代の悩み。おそらく、個人の人生と重なるであろう部分が見受けられた」点を評価したそうだ。

 等身大の一人の女性の農的生活を描いた本作。多くの方に共感してもらえる一冊ではないだろうか。

 続いて、「出版社特別賞」を受賞した小林栗奈さんの『利き蜜師物語』。この作品は蜂蜜の専門家であり、この世界では魔術者的な存在でもある「利き蜜師」の仙道(せんどう)という青年が、「トコネムリ」という世界を覆う奇病に、弟子の少女、まゆと共に立ち向かっていく王道ファンタジーだ。

 編集部内では、この作品を受賞作とすることに様々な意見が挙がったという。というのも、本賞のコンセプトとは正直、そぐわない作品だったからだ。しかし、「抜群に完成度が高く」「どうしても本にしたい! という気持ちが勝り」、その結果「特別賞」という形での出版が決まった。

 著者の小林栗奈さんは、「ハチミツというモチーフが衣食住に関係しているのでは?」と思い、応募をされたそう。しかし、過去の受賞作を読んでいたこともあり、「正直、ダメだろうな」とも感じていたとか。

 しかし、編集部の強い意向で書籍化が決定した。
小林さんは多くの方に感謝を述べるとともに、「私にとってファンタジーというのは、『お守り』みたいなもの。心が揺れてしまった時に支えてくれるもの。夜を朝に変えるような壮大な魔法が書きたいわけではない。夜に迷う人にとって月のような、現実的なファンタジーを書きたい」と、ファンタジー作品に対する熱い想いを語ってくれた。

 この特別賞に関して、編集部の福永さんは「自分の書いた作品をどこに応募すればいいか分からない。けれど書いたからには誰かに読んでほしいという熱意があるはず。そういう熱意を受け止められる一番身近な賞として、『暮らしの小説大賞』が存在できると嬉しい」と語った。

 第4回「暮らしの小説大賞」の応募受付も開始されている。ますます盛り上がる本賞。締め切りは11月25日だ。

文=雨野裾