トイレに行く間もないほど多忙なのに安月給…。ブラック化する保育業界の現場

社会

2016/12/8

『ブラック化する保育』(大川えみる/かもがわ出版)

 女性の社会進出が進む中、保育所が不足し待機児童問題が深刻化している。私も10年ほど前に、「子どもを保育所に入れたい」と思って区役所へ相談に行ったことがある。しかし、その答えは「優先順位があるので、在宅の仕事ではまず無理でしょう」といったそっけないものであった。最近になっても、「優先順位が…」とママたちが話しているのを耳にしたので、状況はそれほど変わっていないようだ。

 そんな不満を解消するべく、国は保育施設の増設と保育事業の拡大を進めている。この調子で保育の受け皿をどんどん増やせば、万事解決─そうはいかない保育業界の闇を明らかにしているのが『ブラック化する保育』(大川えみる/かもがわ出版)である。本書によると、保育所をいくら増やしても肝心の保育士が足りない状況に陥っているという。ところが、「潜在的保育士」の数は全国に約68万人。資格を持っているにもかかわらず、保育の仕事につかない人がたくさんいるのだ。それはなぜなのか。

 保育士というと、子どもと楽しく遊んでいる姿がイメージされるかもしれない。しかし、それは仕事のごく一場面。着替え、食事、昼寝、トイレといった生活面の補助から行事の準備、練習、保護者対応まで業務は多岐にわたる。さらに子ども同士のケンカやケガ、体調の急変などにも同時進行で対応しなければならない。トイレに行く暇もないほど過密なスケジュールに追われながらも子どもには笑顔で接し、保護者の相談には親身になって耳を傾ける。ヘトヘトになって家に帰ってからも持ち帰り仕事をこなし、寝るときも園児やクラスのことが頭から離れない…。そんな大変さに見合う収入があればまだ救われるが、残業手当がつかない事業所も多く、手取りは15万円に届かないという。実働時間が長く、体調不良でも休みにくい。人の命を預かる責任は重く、精神的にも肉体的にも大変な仕事なのに、給料は安い。5年以内に半数が離職してしまうというのも無理ないだろう。

 こうして保育士が不足すると、「資格さえあればどんな人でもいい」と人柄を選ばず雇わざるを得なくなる。ここに大きな問題が潜んでいるのだ。保育士は国家資格であるが、試験に合格するほかに指定の大学や専門学校で単位を取得し、資格を得る方法もある。保育園園長を務めた著者は、教員として短大で保育者を養成していた。保育者養成校の多くは、偏差値が30~40台前半であるらしい。もちろん、純粋に子どもが好きでまじめな学生もいる。ただ、中には大人相手のコミュニケーションが苦手で「子ども相手であればなんとかなるかも」といった学生、「入れるのはここしかなかった」という不本意学生やヤンキー学生もいたそうだ。教員に暴言を吐く、教室内での喫煙、ケンカ、備品破壊…。著者の主観によると、1クラスに学習障害と発達障害のボーダーラインが数人、ヤンキー的な雰囲気の者が3割、学習意欲が乏しい者は半数以上にのぼっていたという。そういった学生でも、単位を取得して卒業さえすれば「保育士」の資格を手にすることができるのだ。そして、保育者としての資質に疑問符がつくような卒業生と、「誰でもいいから資格を持っている人を」と切羽詰まった保育現場とで絶妙なバランス関係が生まれてしまう。

 本書では、保育施設で起こったさまざまな事件や事故・トラブルも取り上げている。保育者による虐待が認識されていながら、「辞められると困るので…」と注意できなかったケースもあるというからやるせない。国がいくらハコを増やしても、保育者への待遇改善がなされないままであると、人材不足は解消されず保育施設は人を選べないのだ。保育の質が低下し、安全面がおびやかされて犠牲となるのは日本の未来を担う子どもたち。保育所に通園する子どもがいる・いないにかかわらず、社会全体として見過ごせない問題ではないだろうか。

文=ハッピーピアノ