松坂桃李主演『視覚探偵 日暮旅人』の舞台が下町の理由は…?堤監督の世界観の根底にある“リアルさ”【堤幸彦監督インタビュー】

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公開日:2017/1/29

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 テレビドラマ業界には「堤以前・堤以後」という言葉が存在する。この“堤”とはもちろん、『トリック』や『SPEC』といった独特な世界観のある作品を生み出してきた堤幸彦監督のことだ。

 画期的な演出方法を取り入れ、多数の話題作を生み出してきた堤監督が、今年はじめに手がけるドラマが『視覚探偵 日暮旅人』だ。原作は累計75万部を突破した、山口幸三郎さんのメディアワークス文庫の人気小説『探偵・日暮旅人』シリーズ。主演には若手実力派俳優・松坂桃李を迎え、人には見えないものが“視える”探偵の愛と憎しみの葛藤を描く。

 主人公の日暮旅人は「視覚以外のすべての感覚を失っている」「人の言葉や感情が“視える”」など特殊な設定がもりだくさんの本作。さらに、旅人が感覚を失う原因になった“ある事件”の謎が幾多にも張り巡らされている。この奥行きの深い作品を堤さんはどのように表現するのだろうか。

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◆ぬくもりのあるストーリーの裏に隠された残酷さ。こんなに温度差のある作品はなかなかない!

── 『視覚探偵 日暮旅人』は、山口幸三郎さんの小説『探偵・日暮旅人』シリーズが原作となっていますが、はじめに作品を読んだときどんな印象を持ちましたか?

堤幸彦監督(以下、堤) 日暮旅人は見えないものが“視える”という能力を駆使して、さまざまな事件を解決していくわけですが、その過程がとても人間味に溢れています。彼は悪を一刀両断するというよりは、心のバランスが崩れてしまった人を本来の姿に戻してあげるという、あたたかい力を持った探偵なんです。でも人の感情が“視えて”しまうというのは、本人にとっては悲しく残酷なことでもある。さらに自身が感覚を失うきっかけとなった過去の事件に関しては、とても冷たい一面を持っていて、そのせいで周囲の人との人間関係も少しずつ変化していくんです。ほのぼのとした人肌のぬくもりを感じるストーリーと、その裏に秘められた凄まじいまでの残酷さ。こんなに温度差のある作品はなかなかないぞというのが、最初の印象でした。

── たしかに、2015年のスペシャルドラマのラストシーンが、それまでのほのぼのした雰囲気とは一変して、旅人の冷たい目だったのがとても印象的でした。

 旅人を演じている松坂桃李さんは、普段のほのぼのとしたシーンはもちろん、たまに垣間見える“ブラック旅人”を演じるのがとてもうまいんです。あの冷たい表情を見ていると、もしかして彼自身にも同じような裏の顔があるのかも……なんて思ってしまうくらいです。

── 旅人には表と裏の顔のギャップ以外にも、見えないものが“視える”という特殊な設定がありますよね。これを映像で表現するのはなかなか難しいんじゃないかと思ったのですが……。

 原作には、匂いや感情といった見えないものが色や形で“視える”ということ以外、あまりヒントが書き込まれていないんです。だから、映像として表現するうえで自由度は高いなと思いました。でも説明的になりすぎると、つくり手のあざとさが見えてしまう。この加減を悩みながら作っていますね。

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── 旅人の能力を表現するうえで、なにか規則性のようなものはあるんですか?

 僕はあまり旅人の能力を「すごい超能力」というイメージにしたくなかったんです。だから、能力の“出力レベル”を3段階に分けています。はじめは、いろいろな人の足跡や感情が雑多に見えて、色彩もあまり強くありません。もう少しフォーカスしたいと思ったら、眉間をグッと抑えて目を凝らす。そして最後、目薬を差すことで具体的なものが“視える”ようになります。

── なるほど。設定自体はファンタジーですが、そういう制約があると現実味を帯びますね。そのうえで旅人が”視える”ものを表現するのにCGを使っていますが、そこにもなにかルールがあるんでしょうか?

 たとえば愛情に由来する感情は光の筋にする、負の感情の形を少し歪なものにする、といった方向性は決めています。でも視聴者の想像力をかき立てる余白を残すために、劇中で具体的な説明はしません。ひとつお教えするなら、旅人が“視て”いる感情の形は野菜をイメージして作っているということでしょうか。

── そうなんですね! 何の野菜なのか、想像しながら見てみます。「説明的になりすぎない」というのは、旅人が視覚以外の感覚を失っているという設定にも当てはまる気がするのですが、どうでしょう?

 その通りです。視覚以外の感覚がないというのは、本来なら立って歩くのも、自分の意思を伝えるのも困難なはずですから。でもその設定はあまり追求せず、ストーリーの奥深さや旅人の心の葛藤といった本質的な部分を深掘ることを優先しています。

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── 『視覚探偵 日暮旅人』を演出するうえで、特に意識している点は何なんでしょう?

 視聴者から遠くなりすぎないことですね。この作品はそのまま語ろうとすると、とてつもなくシリアスで重い話になってしまいます。それにCGも多用せざるを得ないですから、シュールな映像の連続になってしまいかねない。でも、人間味溢れるキャラクターや錦糸町という下町を舞台に選んだことで、自分の家の近所で起きているような雰囲気を感じてもらえるようにしています。旅人が、自分たちと同じ世界にいて、寄り添ってくれる存在であること。視聴者から遠い物語にならないように演出するのが、特に意識している点ですね。

松坂桃李の演技にかける熱量は半端じゃない

── これまでいろいろな俳優を演出してきた堤さんですが、主演の松坂桃李さんにはどんな印象をお持ちですか?

 彼はね、非常にイケメンです。撮っているとき「悔しい!」と思うこともあるくらいです(笑) ただ演技をするうえで、イケメンであることが邪魔になるときもあるんです。ただイケメンが息をしているだけでは、作品としておもしろいものはできないじゃないですか。でも松坂さんの場合、“ブラック旅人”を演じるのがとてもうまい。ゾクッとするほど怖い顔になりますから。松坂さんだからこそ、旅人の表と裏の顔のギャップがより際立っていると思います。

── 演出家にとってイケメンを演出するのはなかなか難しいことなんですか?

 男としての嫉妬もあるのかもしれませんがね(笑) 家族に「ドラマどうだった?」と聞くと、第一声が「桃李くんカッコよかった」なんですよ。これは本当に悔しい。「そんなにカッコいいか?」と思ってしまう(笑) なにより、演出家としては一番に「おもしろかった」と言ってもらいたいじゃないですか。でも、松坂さん自身からは「俺はカッコいいだけじゃない」という演技にかける気概を感じています。

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── 堤さんから見ても、松坂さんはイケメンなだけでなく実力のある俳優だということですね。

 彼の演技にかける熱量は半端じゃないんですよ。それこそ、松坂さんの主演舞台『娼年』は九州まで観に行ったんですけど、とにかくすごかった。だからこそ『視覚探偵 日暮旅人』は、ただのイケメンドラマではないと胸を張って言えます。僕もそう思われたら癪ですしね。同じ船の仲間として、お互い覚悟を持って向き合っています。

── 連続ドラマから新しいキャストが増えますが、どんな存在になっていくんでしょうか?

 増子刑事役のシシド・カフカさんは、非常に稀有な才能の持ち主だなと。彼女は普段、ドラムを叩きながら歌を歌っているわけですが、それは常軌を逸したリズム感がないとできないことなんです。セリフを言うのもアクションをするのもリズムの産物という面がありますから、とても勘がいいと思います。亀吉役の上田くんは、「上田は上田」っていう妙な存在感があるんですよ。つい、台本にないセリフを言わせて、ひと味つけたくなっちゃうというか。彼は演出家殺しですね(笑)

◆ドラマ作りの神様は久世光彦。堤幸彦の世界観の根底にある“リアルさ”とは

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── 『視覚探偵 日暮旅人』はもちろんですが、堤さんが演出するドラマには独特な世界観がありますよね。その世界観の根底にあるものが何なのか気になっているのですが……。

 答えになるかわかりませんが、僕は自分が作品を作るうえで、リアルな記号を見せるのが好きなんです。これは、僕がドラマ作りの神様だと思っている久世光彦さんの影響でしょうね。僕、昔はほとんどテレビを見なかったんですよ。でも久世さんが演出していた『時間ですよ』や『寺内貫太郎一家』といったドラマだけは見ていました。

── 久世光彦さんの演出のなかに、リアルな記号を見せる部分があった、ということですよね?

 『寺内貫太郎一家』のなかで、樹木希林さんが沢田研二さんのポスターに向かって「ジュリー!」って叫び続けるシーンがあるんです。当時、沢田研二さんは実際に一世を風靡した大スターですよ。なんでフィクションのドラマのなかに、リアルなものを入れ込むんだろうと不思議に思いましたね。でも、自分がドラマを撮る側になると、自分が表現して気持ちいいのって、あの世界観だと気付いたんです。『寺内貫太郎一家』は、リアルな記号としてジュリーの存在があったからこそ、おもしろかったんだろうなと。

── たしかに、堤さんの作品には設定はファンタジーなのに、本当にありそうと思わせるものが多い気がします。

 たとえば、何かの事件の犯人が壁に挟まれて死ぬとしますね。これはどうしたってリアルには撮れません。でもリアリティをもたせることはできる。ずっとあるブランド袋を持たせておいて、それをさりげなく見せ続ける。そして死ぬシーンで、挟まれた壁からその袋がちょこっとはみ出していると。そうすると、とたんにフィクションがリアルに起こったことのように思えるんです。

── なるほど……!『視覚探偵 日暮旅人』のなかにもその方法は使っているんですか?

 『視覚探偵 日暮旅人』の一番のリアルな記号はスカイツリーです。いたるところにスカイツリーを写し続けています。これがなかなか難しいんですよ! 普通のカメラワークだとうまく入らなくて。いかにスカイツリーを入れるかという部分もひとつのこだわりですね。

── 作品全体としても、細部の演出のこだわりも、見逃せない作品になるそうですね!ありがとうございました。

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堤幸彦×松坂桃李。おもしろくないわけがない!

 人に見えないものが“視える”探偵の物語。『視覚探偵 日暮旅人』はとてもキャッチーな作品に思える。でもこの作品の本質的な魅力は、ストーリーの根底にある人間の光と闇の葛藤やキャストの演技にかける熱量、そして細部にまでこだわり抜いた演出にあるのではないだろうか。実際に堤さんの話を伺って、堤幸彦×松坂桃李というタッグが、「堤以前・堤以後」のさらに次の時代をテレビドラマ業界に生み出すのではないかと感じた。

取材・文=近藤世菜 写真=内海裕之 スタイリスト=伊藤省吾

■日曜ドラマ『視覚探偵 日暮旅人』
出演:松坂桃李 多部未華子 濱田岳 木南晴夏 住田萌乃 和田聰宏
/ 上田竜也 シシド・カフカ / 木野花 北大路欣也 ほか
原作:山口幸三郎『探偵・日暮旅人』シリーズ
メディアワークス文庫(KADOKAWA刊)
脚本:福原充則
音楽:グランドファンク
オープニングテーマ:「夢の中へ」井上陽水(ユニバーサル ミュージック)
エンディングテーマ:「この闇を照らす光のむこうに」Anly+スキマスイッチ=(ソニー・ミュージックレコーズ)
演出=堤 幸彦 ほか
公式サイト:http://www.ntv.co.jp/tabito/