子供たちを救う“現代のヒーロー”を描き、人生の生き方を問う『彼が通る不思議なコースを私も』

文芸・カルチャー

2017/2/6

『彼が通る不思議なコースを私も』(白石一文/集英社)

どんな子供にも未来に向かって開かれていく“可能性”がある。それがうまく花を開かせることもあれば、道半ばで潰えてしまうこともあるだろう。子供にとって何より不幸なことは、歪んだ家庭環境や学校の教育システムによって、未知の可能性が奪われてしまうことだ。

本作『彼が通る不思議なコースを私も』(白石一文/集英社)の主人公・椿林太郎はそんな子供たちの可能性を守り、伸ばしていくことを何より優先して行動を起こしていく人物だ。

そんな林太郎の妻となる霧子という女性の目を通して、彼のつかみどころのない不思議な魅力が語られていく。霧子が林太郎と出会ったのは、友人に復縁を迫る知人の男がビルの屋上から飛び降りたときだった。落下の軌道が変わって男は植え込みに落下し、奇跡的に命が助かるが、霧子はその現場を冷静に見ていた“死神”のような存在に気がつく。その“死神”が林太郎だった。後日、人数合わせに参加した合コンで霧子は林太郎に再会。ふたりだけの三次会で中野の居酒屋に案内された霧子は、店主の「二人はいつ一緒になるんだい」という唐突な言葉に戸惑う。林太郎は、次にこの店に女の人を連れてくるときには“絶対結婚をする人”を連れてくると言っていたという。果たして、その言葉の通りにふたりは結婚することになる。

林太郎は小学校の教師。家庭に問題がある子供がいれば、その子供を助けるために自らが学校を休んで保護者の職場を訪問してまで、その問題解決のために必要な手立てを講じる。そんな型破りの情熱と行動力の背景には、林太郎自身が子供の頃に学習障害を抱えて自殺を考えるほど苦しんでいたという過去があった。ある奇妙な出来事をきっかけに学習障害の苦しみから抜け出た林太郎は、勉強でも運動でも常人離れした能力を発揮するようになり、自分と同じような絶望を抱えた子供たちを救い、「生きる」という強い気持ちを持ってもらうために教師になったのだ。しかし、ある意味で周囲を顧みず、空気をまったく読まない林太郎の行動は、硬直化した教育現場で受け入れられるはずもなく、彼は霧子に相談もせずにあっさりと教師を退職してしまう。そして、学習障害や生育環境に問題がある子供たちのために「椿体操教室」を始め、新しい教育の場を立ち上げていく――。

圧倒的な行動力で周りを巻き込み、物事を進めていく林太郎だが、その根幹にあるのは“子供たちが「生きる気持ち」を維持するために必要なものを与える”というシンプルなものだ。読者はそんな林太郎の信念と行動に“教育の真の目的”を教えられることになるだろう。それは多様化の受容を目指す現代社会の土台になるべきものでもある。

そして林太郎が教育者として抜きん出た存在であるだけではく、ある種のスーパーナチュラルな能力の持ち主でもあることが、物語後半に思いもよらない展開をもたらすことになる。そこで霧子は自身の“運命”について向き合う。人生というものは、自分が知らないだけで行き先が決められたコースを進んでいくだけのものなのか、それとも未知なる場所へ向かって自分でコースを決めていくものなのか。その問いは、本書を読んだすべての人にも投げかけられている。

文=橋富政彦

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