現役看護師が7年間に及ぶ父親からの「性的虐待」を告白! 後遺症から20歳過ぎて母親の乳首を口で含んだことも…

社会

2017/3/21


『13歳、「私」をなくした私~性暴力と生きることのリアル~』(朝日新聞出版 )

 2014年度内閣府の調査では、日本では約15人に1人の女性が異性から無理やりに性交された経験があるという。

「この数字を少ないと思うか、多いと思うか、立場によって受け取り方は違うかもしれないが、一人でもいればそれは多すぎる」。

 そう語るのは、父親からの性暴力を受けた経験を持つ山本潤氏。彼女の著書『13歳、「私」をなくした私~性暴力と生きることのリアル~』(朝日新聞出版 )では、自身の経験について綴りながら、性暴力の実態を描き出した一冊だ。

 性暴力を受けた時の心情を語る本は少なくはないが、ここまでありありと性暴力を受けた後の影響、家族との関係を記した本は少ないだろう。被害を受けてから29年の時を経てようやく語ることができた言葉の数々にはずしりとした重みがある。

 山本氏は13歳の時、はじめて父親からの性暴力を受け、それは父親と母親が離婚し、離れて暮らすようになるまで7年間続いた。13歳の彼女には、父が始めたことが性的なことだということがわからなかった。おそるおそる母に「お父さんが布団に入ってくるから寝られない」と打ち明けたが、直接的に「身体を触られている」とは言えず、母もことば通りにしか受け止めなかった。それは後に「どうして助けてくれなかったのか」という母親への不信感につながり、母親自身も「娘を救えなかった」という強い後悔となった。

 山本氏は今も性暴力被害支援機関のパンフレットの中によくある「助けてと伝えてください」という文字を見ると複雑な気持ちになるという。リアルタイムでは自分に起こっていることが異常かどうかなど気づかない。ただ、それは、言葉にならないほど怖い出来事だった。性暴力を受けている時、彼女は心が感覚や感情を遮断し、「これはどこの家庭でも起こっている当たり前のことなのだ」と強く思いこもうとしていたという。

 その後 、父親から解放された後 、彼女は“後遺症”に苦しめられることとなる。特に、解放された直後は、彼女は母親から離れられず、「赤ちゃん返り」が抑えられなかった。寝る時も抱きついて寝たり、母親が料理や洗濯をしていると、後ろから抱きついたりするなど、ちょうど幼い子供のように母親にまとわりついた。20代前半の娘の行動に母親は困惑しつつも我慢していたのだろう。

 だが、ある夏の暑い日、山本氏が気の向くまま、畳の上で昼寝をしていた母親のTシャツをまくりあげ、乳首を口で含んだ時、母親は血相を変えて「こんなことは二度としないで」と叫び、それを契機として山本氏の「赤ちゃん返り」は終わった。

 しかし、山本氏の身には、その他にも、無意味な行為の反復がやめられない「強迫症状」が起こっていた。台所でコップを延々と置き直し続けたり、ドアを閉めて鍵をかけるということをくりかえし、出かけられなくなったり…。看護師になった28歳の時には、夜の寝静まった病棟のトイレの壁に並んでいる尿瓶を睨みつけては、「尿を飲みたい」という意味不明な衝動と闘わなければならなかった。「強迫症状」は長年にわたって、対象をかえては彼女を苦しめ続けたのだ。

 何を見ても無感覚で空っぽな感情、男性というだけで恐怖心がわき上がってくる心、自分が生きているかも死んでいるのかもわからない凍りついた感覚…。次第に酒の量も増え、アルコール依存となり、「誰かが自分のことを殺してくれたら良いのに」と思う日々も続いた。20代のうちは恐怖から何の恋愛もできなかったが、30歳になると、次第に「誰かと愛し合いたい」と思えるようになった。

 しかし、過去の出来事が足を引っ張って、なかなか上手くはいかない。複数の彼女がいる男性やワンナイトラブが心地良く、性行為が怖くてたまらないのに、性欲求が止まらなかった。男たちが一人ひとり違うように、セックスも一つひとつ違う。上にのしかかる重みの違い、感触の違い、匂いの違いから、父親を見ようとする自分がいたと山本氏は振り返る。

 現在彼女は、看護師として働きながら、自身の経験について講演を行い、自助グループ「つぶいちごの会」を運営している。ここまで回復するのに、どれほどの苦しみがあったことか。専門家からの学びやカウンセリング、生涯の伴侶となる夫との出会いが少しずつ彼女のダメージを取り除いていったのだ。

 彼女の経験から学べることは何だろう。被害を受けたことがある人もその家族も、今まで何の知識もなかった人も、この本が性暴力に対する理解を促す第一歩となることは間違いない。

文=アサトーミナミ