想定外の妊娠をした友人と欲しくても妊娠できない自分。“産む”、“産まない”、それとも……?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/29


『産む、産まない、産めない』(甘糟りり子/講談社)

不妊を心配したことがある夫婦の割合、全体の35.0%。平成27年度に実施された、「第15回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」の結果だ。つまり、現代の日本では3組に1組以上の夫婦が不妊に悩んだ経験があることになる。

不妊の原因として考えられるのは、やはり晩婚化の傾向だろう。女性の社会進出が進んだこともあり、東京都在住の女性の平均初婚年齢は30歳を超えた。女性がもっとも妊娠しやすい時期は20歳前後といわれているため、晩婚化で子供を産む時期が遅れれば不妊の比率も自然と高くなっていく。そして不妊に悩み治療を始めたカップルには、新たな壁が立ちはだかることも。結果が出なくても、医療が進歩しているため“次こそは”という思いを捨てられない。結果、止め時が分からず、苦しみ続ける人は多いという。

そうした不妊に悩むカップルが増える一方で、“産まない”選択をする女性も多い。仕事の場で肩書を手にするのと引き換えに、妊娠や出産を諦めるのだ。

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選択肢が増えたからこそ、“産む性”である女性には悩みが増え、常にプレッシャーがつきまとう。そんな女性の心の葛藤と選択に焦点をあてたのが、『産む、産まない、産めない』(甘糟りり子/講談社)だ。2014年に単行本として出版され、あらゆる立場の女性たち から多くの反響があった。その待望の文庫化。本書の8つの物語には、年齢も職業も全く異なる女性たちが登場する。どの女性たちも、「産む」「産まない」「(産みたくても)産めない」のどれかに当てはまる選択をするのだが、読み進めるごとに、女性の生き方は女性の数だけあることを実感させられる。

第1話「最後の選択」の主人公、桜子 は、部長代理の肩書がある40歳のキャリアウーマン。仕事にやりがいを持っているし、独身生活は自由で楽しい。ところが、遊びのはずの年下男性とのセックスで予想外に妊娠し、仕事か出産か人生の大きな選択を迫られることになる。

第4話「コイントス」の重美 は老舗呉服店に嫁いだがなかなか妊娠できず、姑からのプレッシャーに押しつぶされそうになっている。義妹の3度目の妊娠、夫の浮気に心を乱されながらも、40歳を目前に控え一度だけ、と決めて体外受精を決断するが……。

第1話の主人公の桜子と第4話の主人公の重美は、実は学生時代からの親友同士。第8話「昨日の運命」では、2人が再び登場する。望んでいなかったにもかかわらず想定外の妊娠をした友人を、欲しくても妊娠できない重美はどう受け止めるのか。その複雑な心の動きにも注目してほしい。

また、第5話「温かい水」の佐和子 は夫婦で初めての子供の誕生を心待ちにしていたが、ある日の検診で胎児の心音が止まってしまったことを知らされる。「産めなかった」女性の悲しみの描写には、読んでいて胸が押しつぶされそうになる。

本書の8つの物語の主人公たちは、悩みながらも産む、産まない、それぞれの選択をし、新たな出発を心に誓う。

「出産が女の人生のすべてとは考えないようにしませんか」

「コイントス」の女医の言葉が胸に刺さった。女性の生き方が多様化する一方で、社会の偏見はまだ強い。産んでも、産まなくても、産めなくても、私は幸せだ。自らの決断をしたすべての女性がそう自信を持って言えるような、優しい社会が来ることを願いたい。

文=佐藤結衣