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ミシュラン世界最高峰のシェフが魅了された日本酒。「獺祭」が日本一になった秘策とは?

『勝ち続ける「仕組み」をつくる 獺祭の口ぐせ』(桜井博志/KADOKAWA)

 2017年秋、パリに日本酒のレストランが誕生する。しかも共同プロデューサーは、かの有名シェフであるジョエル・ロブション。ミシュランで世界最多の星を獲得した人物である。そのロブション氏が惚れた日本酒とは「獺祭」。2014年にオバマ元アメリカ大統領が日本を訪問した際、安倍首相が送ったのもこの獺祭である。

 獺祭とは日本酒好きな人なら名の知れた銘柄である。ふんわりと梨のような甘い香りが特徴の極上の日本酒。これが日本だけではなく、世界でも愛好され今秋にパリにレストラン、バー、ショップを兼ねた複合施設をオープンする予定だ。

 日本酒業界が縮小しているなか、なぜ獺祭だけが大きな売上を獲得しているのか。それは獺祭を製造している旭酒造の会長、桜井博志氏の「口ぐせ」にある。このたびその桜井氏の言動をまとめた『勝ち続ける「仕組み」をつくる 獺祭の口ぐせ』(桜井博志/KADOKAWA)が電子書籍化され、各電子書店で好評配信中だ。

 本書は、日本酒という特殊な業界だけに通用する話ではない。人口減少社会の日本のあらゆる企業、働く人のマインドにも通じるものだ。

■非常識な杜氏のいない酒蔵

 多くの発言がまとめられているなか、もっとも印象深いのは、「常識・慣例に」捕らわれないこと。そして「お客様本位」で考えることだ。

 例えば、旭酒造には、「杜氏」がいない。杜氏とは、酒造りを行う職人集団の最高製造責任者である。プロ野球に例えれば、球団オーナーが酒造メーカーで、監督が杜氏という立場である。現場での指揮権は監督にある。同じように酒造りの裁量は杜氏にゆだねられている。

 しかしなぜ杜氏がいないのか。それは見切りを付けられたからである。1990年、先代から旭酒造を引き継いだ桜井氏は、新規事業にて手痛い失敗を起こす。そこで1億9000万円もの損失を出し、銀行の融資が止められた。そんな状況のなか、「給料をもらえないかもしれない」と杜氏が辞めていったのだ。そして代わりの杜氏もそんな借金の多い会社には誰も居着いてくれない。

 その結果、桜井氏と社員が自分たちで酒を造る覚悟を決めたという。その際、桜井氏が決めたことは、「自分が作りたい酒だけを造る」こと。純米大吟醸に特化して酒造りをする。

 日本酒といえば、「悪酔いをする」そんなイメージを持つ人もいるだろう。それは価格競争の末に安いけれども質を落とした日本酒を販売した結果だ。「酔えればなんでもよい」「売れればよい」そんな粗悪品ではなく、人々が「おいしい」と思う「質の良い」ものをつくろうと決意した。

■「見える化」が「経験と勘」をしのぐ

 けれども杜氏はいない、素人のみでどう「質」を高めるのか。旭酒造が取ったのは、徹底した数値管理。データに基づく品質管理だ。

 今までの日本酒造りでは、杜氏の「経験と勘」が頼りだった。日本酒の原料となる米とひとくちに言っても、毎年出来映えは変わる。そして冬の寒さも変動する。それを杜氏たちは経験に頼り発酵の度合いなどを微調整してきた。けれども酒造りに失敗はある。人間だから間違いをおかすことがある。だからミスをカバーする「仕組みづくり」を行った。

 仕込み中のタンクのアルコール度数やアミノ酸の料などを毎日測定し、データとして蓄積。20代の若者でも酒造りができるマニュアルを作成した。けれども全てをマニュアル化できるとは限らない。酵母は生き物なので予期しない変化もする。酒造りの98%まではマニュアル化できる。残りの2%。ここが人の知恵で管理しなければならない。

 獺祭が出て間もないころ、「テクノロジーで作った日本酒は扱わない」と大手居酒屋チェーンのやり玉にあげられたことがあったそうだ。けれども、獺祭の酒造りは0.1℃単位できめ細やかな温度管理を人間の管理で行われている。その丁寧さは一般の酒蔵よりもはるかに手間がかかるという。

 職人が造ったから、伝統的手法で造ったから、それで本当においしいお酒ができるのか。日本酒業会はこのような前例に縛られているから「日本酒離れ」を引き起こしてしまったのではないか。日本酒市場はこの40年で3分の1に激減した。一方、旭酒造の売上は40倍に跳ね上がった。市場がどちらを支持しているかは明確だ。

■努力の方向を間違えていないか

「一生懸命」でごまかすな。「大和魂は捨てよう」。これも桜井氏がよく発する言葉だ。

 先代の考えは「酒屋との人間関係を大切にしていれば、酒は売れる。真面目にコツコツがいちばんだ」というものだった。けれども桜井氏の目から見ると「そこそこの出来の酒を無理やり押し込む」。結果、売れ残る。

 熱心に売り込みを掛けて、無理やり店舗に置いてもらえれば、一時的には売れる。けれども客が求める品質に達していなければそれ以上は売れない。桜井氏は「努力」について次のように考えている。

努力には「するべき努力」と「しなくてもいい努力」があります。この2つを分けて、しなくてもいい努力をやめる。そしてするべき努力に注力する

 桜井氏は本当においしい酒を造るにはどうすれば良いのか。考えた結果、米の磨きを常識外の数値でおこなった。

 酒米の表層部には、雑味のもととなるタンパク質や脂質が含まれている。そのため表面を削り取り、磨けば磨くほど雑味がなく飲みやすくなる。

 獺祭がブレイクするきっかけとなったのは、この米の磨きだ。史上初の「二割三分」まで磨き込んだのだ。つまり、米の77%を削り捨て、残りの23%だけを使用した大吟醸酒を造った。当時の業界では、酒米を50%以上削ったところでたいして品質は変わらないと思われていた。

 けれども、同じ米でも天候や生産地によって米の出来映えは異なる。そのバラツキをなくすためにも、より多く磨いた方が品質は確実に向上する。

 しかし米を精米するのに50%の歩合で約30時間。23%まで磨くには75~80時間も要する。この手間を桜井氏は惜しまなかった。その結果、今の獺祭の躍進がある。「本当においしいお酒」「客に支持されるお酒」、それを第一に考えるべきだ。「会社本位」「自分本位」では未来は手詰まりとなる。

 これは商品開発に限ったことではない。桜井氏が指摘するのが「まちおこし」という発想だ。企業は社会とともにある。けれども「地元の発展」は、客にとっては関係のない話。地元や業界の利害関係の都合でしかない。地方の中小企業の経営者に桜井氏はこのようにエールを送る。

地元という「枠」から離れたお客様、つまり社会に貢献できて初めて、企業は価値を持つのではないでしょうか

 売れる商品とは、客が欲しているものだ。当たり前のようだが、「地産地消」「地元志向」などの思考に陥ると、顧客のことをないがしろに、そこそこの品質のものをつくることになりかねない。まずものづくりの原点に返り「人が欲するもの」を改めて考えてみるべきだ。その商品・商材は儲け主義、利害関係に捕らわれてはいないか。一度、常識の「枠」を外してみる勇気を持つべきである。

 日本は今後、少子化や市場の熟成など、今までにない局面にぶつかるだろう。そのときに今ある何かを変革しなければならない。これは個人の生き方にも通じる。あなたが伸び悩むとすれば、それは今の思考の枠外に解決法があるのかもしれない。前例を打ち壊すことにためらうな。そんな檄を飛ばすメッセージが本書からは伝わってくる。

 同書の魅力はこれだけはない。地方の負け組企業が、業界で一、二を争う存在になる過程。そして海外進出への考え方。そして取引先との付き合い方など、様々なエピソードが語られている。現状に行き詰まりを感じている、将来に不安を感じる。そんな人はぜひこの本を手に取り、ブレイクスルーのヒントを得て欲しい。きっと新たなアイディアが湧き出るはずだ。

文=武藤徉子



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