致命的に「字が汚い人」でも “いい感じの字” は書けるようになるのか?

暮らし

2017/6/14

『字が汚い!』(新保信長/文藝春秋)

 『字が汚い!』(新保信長/文藝春秋)は、タイトル通り、自身の字の汚さに絶望した著者が、字がうまくなりたいと願い、そのプロセスと結果をまとめたノンフィクション。著者が達筆をめざして挑戦したり、調べたり、検証したありすることが、手書き文字にまつわるエピソードを網羅することへと結果的につながっている。字がうまくなりたい、という人の参考になるのはもちろん、そんな悩みがない人にとっても楽しく読めるのではないだろうか。参考までに主な内容を挙げてみよう。

・「字がうまくなる」系実用書の使用レビュー
・ペン字教室体験記(先生と生徒へのアンケート・インタビュー付き)
・字がうまい著名人、字の下手な著名人インタビュー(アドバイス含む)
・現代手書き文字流行史の検証
・チラシ、看板などのオモシロ手書き文字紹介
・作家の生原稿検証など手書き文字紹介とエピソード

  かつて流行した「丸文字」や「ゲバ文字」を、実際に使われた例を出しながら、その発生や普及にせまり、知ってはいたが突き詰めて考えたことはない絶妙なネタで思わず「へ〜」と言いたくなる。

 もちろん、本題である字の上達についても、多方面から検証と実験を行っており、「字がうまくなる方法はいろいろある」と教えてくれる。
特にノウハウ本など実用書で「まず○○が基本です」「まず○○を意識しましょう」といった「基本のき」的に紹介されている技術・技法・コツについて、著者が「そもそも、それができないから悩んでいる」というレベルからスタートしているのが素晴らしい。これは字の上達に限らず、何かができなくて悩んでいる人にありがちな状態ではないだろうか。

 今回のテーマである字の上達でいえば「字の中心をそろえる」「文字の大きさのバランスを意識する」といった点がまさにそれ。ペン字の実用書などでよく説かれる基本だそうだが、著者は「それができないから苦労している」と悩み、その解消に取り組んでいる。失礼ながら、まさにマイナスからのスタート。その点では非常に親切な内容ともいえよう。

 著名人が語るエピソードでは画家やデザイナーが語った「字を図形として考える」というアプローチは、おそらく一般の人間はそのように字をとらえて書くことはあまりないのではないか、という趣で興味深かった。また、字の汚い著名人にその理由などを訊くインタビューも、逆説的に参考になる。「石原壮一郎さんの字の汚さは“病気レベル”!?」との見出しのつけられたコラムニスト・石原壮一郎氏への取材パートに至っては、字で悩んでいる人にとって参考になる一方で、ある意味、勇気づけられる(?)内容である。語弊があるかもしれないが、この本は字がうまくなりたい人にとって、とてもハードルの低い参考書ともいえる。

 こうした字を巡る旅の結果、果たして著者の字はうまくなったのか? 著者の新保信長氏はベテランの編集者・ライター。内容の展開に従い変化していく自身の字も、編集的に一工夫して紹介されており、なかには思わずクスリとなる結果もあった。ぜひ、本書を手にとって確かめてほしい。

文=長谷川一秀