想定をはるかに超えた“仕掛け”を見破れるか!? もしも世界を変えることができたなら――水たまりに潜る少女の魔法が、少年の夏を変える『パドルの子』

文芸・カルチャー

2017/6/29

『パドルの子』(虻川 枕/ポプラ社)※7月14日発売

世界を変えたい、と思ったことはないだろうか。あるいは、理不尽な現実を消してしまいたいと願ったことは? 第6回ポプラ社小説新人賞を受賞した『パドルの子』(虻川 枕/ポプラ社)は、中学2年の少年・耕太郎が、旧校舎の屋上で水たまりに“潜る”不思議な美少女・水原と出会い、世界を変えようともがく物語だ。

水原によれば、水たまりに潜って強い思いでなにかを願えば、世界をひとつだけ変えられるのだという。半信半疑の耕太郎だが、実際に水たまりへと誘いこまれ、本当に願いを叶えてしまう。公衆電話からおつりが出るというささやかすぎる願いだが、ささやかながらも効果を実証した彼は、その特権を利用しようと決める。理不尽で、痛みをもたらす現実を、水原がパドルと呼ぶその行為によってすべて変えてしまおうと。危険と隣り合わせの仕事をする父、帰ってこられない父を待ちわび狂いかける母、耕太郎を標的に執拗に“指導”をくりかえす英語教師・大森。そして別れに後悔を残すかつての親友。耕太郎の心に重たいくさびとなっているものを、すべて、希望する方向へと塗り替えてしまうのだ。「今日は注意深く過ごしてね。ささいな違和感も見過ごさないこと」

はじめてパドルをした耕太郎に、水原が言うこのセリフ。実は読者に投げかけられた挑戦状でもある。本書は、あらすじから抱く印象のような、単なる「ボーイミーツガールがもたらす青春ファンタジー」ではない。読者の想定をはるかに超えて、仕掛けがそこかしこに施された、叙述ミステリーでもあるのだ。

たとえば、「水源」。大西洋上の大きな穴に水をためこむ水源は、ときどき大放出を起こして人類に水を供給するのだが、激流による災害をもたらす危険な存在でもある。たとえば、車。車社会撤廃法により、パトカーや救急車、バスなど必要最低限の公共車両以外はすべてが禁止された社会。耕太郎が常識として語る世界は、私たちの知るものとやや異なっている。もちろんファンタジー作品なのだから、現実との相違などなんらおかしなことではない。だが「電話」ではなく「伝話」と記述されているなど、読みながら「あれっ?」と思うことすべてがラストにつながる伏線となっているのが本作のおもしろさ。一文一文、注意深く読み進めていった先で、驚きとカタルシスに満ちたラストが待ち受けているのである。

水原は言う。「水たまりに潜って、新しい世界を、混ぜちゃうの。こっそり、ね」

授業をサボって、毎日、昼休みに水たまりに潜り続けてまで、変えなければいけない世界。それはいったい、どれほどの痛みをともなうものなのだろうか。かつての親友を、父と母を想いながら、そして厳然と立ちはだかる教師という理不尽の象徴に立ち向かいながら、耕太郎はいったいなにを思うのだろう。

ふたりの願いが交錯したとき解けるすべての謎。変容の先で耕太郎は、水原は、いったいなにを手に入れるのか。旧校舎がとりこわされるまでのタイムリミットの中で、ふたりがもがきながらたどりつく希望をぜひ、この夏、体感してみてほしい。

文=立花もも