『昭和元禄落語心中』の雲田はるこが、三浦しをん『舟を編む』をコミカライズ! 待望の上巻が発売

マンガ・アニメ

2017/7/11

『舟を編む』(漫画:雲田はるこ、原作:三浦しをん/講談社)

 ああ、あのとき誰かが言っていた言葉はこんな想いで発せられたものだったのか。好きって、愛してるって、こんなに重たい言葉だったのか――そんなふうに、衝撃を受けた経験はないだろうか。誰でも知っている些細な言葉の、本当のきらめきを教えてくれる三浦しをんの小説『舟を編む』のコミカライズ、上巻がこのたび発売された。手がけたのはアニメキャラクター原案をつとめた『昭和元禄落語心中』の著者・雲田はるこである。

 もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために。小さな光を集めながら、ひとが言葉の海を渡るにふさわしい舟を編む――辞書編纂に人生をかけた男たちを描いた同作。作中にはこんなセリフがある。

「(三角関係という)言葉は知っていても実際に三角関係に陥らなければその苦しみも悩みも十全に自分のものとはなりません」
「自分のものになっていない言葉を正しく解釈はできない」

 好きだ、愛してると口にするのは簡単だ。だが、想いがともなわなくては、どんな言葉も力をもたない。「言葉を溜め込むばかりの埃っぽい無味乾燥人間」、自身をそう称していた27歳の馬締(まじめ)光也は、辞書編集部に引き抜かれ、言葉の海を旅するうちに、誰かと関わり伝えあってこそ、言葉はきらめきを放つのだということを知るのだ。
定年を控えたベテラン編集者・荒木の悲願である国語辞典『大渡海』制作。その想いを背負って馬締が、はじめての辞書制作と、そしてはじめての恋に奔走していく物語である。

『昭和元禄落語心中』で雲田はるこは、その圧倒的な文字量を物語に溶かし込む技を見せた。文字どおり語らねば伝わらない落語という文化を、文字を削るのではなく、絶妙に選び抜き配置することで、読者が読み飛ばすことのないよう表現した。本作も同じである。言葉に拘りぬいた本作をマンガとして表現できるのは、雲田はるこをおいて他にはいなかっただろう。馬締の葛藤、苦悩、絶望、悦び、そのすべてを言葉とイラストの両輪で表現しているのである。

 不器用でクソ真面目な馬締がひとりの編集者として成長していく姿もさることながら、彼の同僚・西岡の存在も本作の読みどころのひとつ。馬締と同い年だがコミュニケーション能力が高く、なんでも器用にこなす男。だが、馬締のように何か一つに没頭することも、圧倒的な才覚を見せることもできず、最初からいたはずの辞書編集部という居場所を、馬締にとってかわられてしまう。嫉妬や劣等感に苛まれながらも、馬締を憎むのではなく、「なんの努力もしないうちからあいつに勝とうなんて思っていたのか」「俺にしかできないことを成し遂げて、あいつの度肝を抜かしてやる」と決意する。読者は馬締よりもむしろ、そんな西岡の姿に心を揺らされるのではないだろうか。原作でももちろん魅力を放っていた彼だが、雲田はるこの手によって、さらに輝きを増しているのだ。

 時間と金ばかりを使う辞書編集。企画中止の危機は乗り越えたものの、その前途はいまだあやうい。27歳、仕事にプライドをかける正反対の二人の男たちが、言葉とともにどんな未来を紡ぎあげてくれるのか。結末を知っているはずの原作ファンでも、気持ちが駆り立てられる。そんな最上のコミカライズである。

文=立花もも