実在した海賊には『ONE PIECE』に負けないストーリーがあった!?

マンガ

公開日:2017/7/15

 国民的マンガとして広く認知されている『ONE PIECE』(尾田栄一郎/集英社)。その圧倒的な人気を支える一因として、魅力的なキャラクターたちの存在が挙げられる。尾田栄一郎先生は、かつて本当に存在した海賊の名前をキャラクターに引用していたこともあり、その海賊の面影がキャラクターにリアリティを与えている。そこで今回は『世界の海賊辞典』(クリエイティブ・スイート/宝島社)、『海賊旗を掲げて 黄金期海賊の歴史と遺産』(ガブリエル・クーン:著、菰田真介:訳/夜光社)の2冊より、実際にあった海賊の歴史を振り返りつつ、ワンピースのキャラクターのモデルとなった海賊を2名ご紹介したい。

『世界の海賊辞典』(クリエイティブ・スイート/宝島社)
『海賊旗を掲げて 黄金期海賊の歴史と遺産』(ガブリエル・クーン:著、菰田真介:訳/夜光社)

■海賊の存在理由

 大昔から現代まで、海賊は常に存在し続けている。たとえば「倭寇」は、日本に実在した海賊として誰もが知っているし、2010年4月には、ドイツ船籍の貨物船「タイパン」を襲った「ソマリア海賊」がオランダ軍兵士によって逮捕された。ドイツでは400年ぶりに「海賊裁判」が始まり、それを耳にした人々は公開討論会やデモ行進など、非常に関心を寄せて社会現象となった。

 いつの時代も海賊は社会的・政治的・経済的に大きな影響を及ぼしている。私たちのイメージとは異なり、海賊は私利私欲のためだけに船を襲っていたのではなく、国家の政治的もくろみを背景に貿易船を襲い、敵国にダメージを与える役割も担っていたのだ。

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 長い歴史の中で海賊たちの黄金期と呼ばれるのが、15世紀から17世紀にかけての大航海時代。そのきっかけとなったのは、様々な国を征服したスペインだった。当時、流通していた世界通貨は銀であり、銀を制したものが世界を制すると言われていた。そんな中、スペインはメキシコとペルーに大銀山を発見。結果、スペインは強豪国の1つとなった。

 しかしフランス、イギリス、オランダは、それをよく思わない。スペインは敵国も同然だったのだ。この国々は、スペインに経済的ダメージを与えるため、海賊を利用して船を襲撃させるようになる。海賊が得た金品は王室に献上。王室はその盗品を売却し、莫大な現金を得て、国家財政を運用して国力をつけていった。より国力をつけるため、海賊の航海の費用や船の調達をさらに支援した結果、海賊たちは大きく活躍するようになった。これが海賊の黄金期だ。

 ここまで海賊の歴史を簡単に振り返った。ここからは、ワンピースのキャラクターの名前の由来となった、かつて実在した海賊たちを2名ご紹介したい。

 

■斧手のモーガン

 読者は、1巻第4話で登場した「斧手のモーガン」を覚えているだろうか。海軍支部の大佐であるモーガンは、管轄であるシュルズタウンの人々から「貢ぎ」を強要し、意見する者は片っ端から斬りかかり、海賊のような残虐非道をくり返していた。このモーガンのモデルとなったであろう海賊が存在する。17世紀に存在した「ヘンリー・モーガン」だ。

 ヘンリー・モーガンはイギリスのウェールズ地方の出身。黄金期に存在したカリブ海の海賊だ。残虐さに満ち、悪運に恵まれたモーガンは大海賊となり、40隻の海賊船と2000人の部下を率いていた。1671年、モーガンは、大西洋沿岸で略奪された金や銀などの富が集まるパナマを襲撃する。

 モーガン一団は、カリブ海側からパナマ地峡に上陸。9日間かけて険しいジャングルを進む。食糧は現地調達という状況で、革袋を切り刻んで煮たものを食べて飢えをしのぐ過酷さだったという。そのおかげか、襲撃は見事成功。パナマを統治していたスペイン軍を制圧する。パナマの住民を徹底的に痛めつけ、銀貨75万枚、金のインゴット、絹、宝石などを略奪した。

 ところが、当時イギリスとスペインは、海賊行為を控える協定を結んでいた。よってモーガンはスペイン側から非難され、1672年、イギリス本国で裁判を受けることになる。しかし、当時のイギリス国民はスペインを憎んでおり、世論はモーガンを同情し、無罪となる。なんという悪運だろうか。

 モーガンはイギリス王室に忠誠を誓い、1674年、ジャマイカの副総督に就任。海賊であったモーガン自ら、海賊を取り締まる立場になる。しかしモーガンは根っからの悪党だった。彼は裏から手を回し、海賊に略奪行為を許す免状を発行。その見返りとして、戦利品の一部を献上させて私腹を肥やした。ところが、この収賄行為は明るみに出て、1683年にモーガンは副総督の職を解かれる。その後、彼は酒びたりの生活に堕ち、わびしい晩年を送ったそうだ。

 

■“大喰らい”ジュエリー・ボニー

 ルフィと同じ“最悪の世代”の1人である「シュエリー・ボニー」。ワンピースの世界では、女海賊はときたま現れるが、現実の世界では、そもそも船に女性は御法度。女海賊は非常に珍しい存在だったようだ。ジュエリー・ボニーのモデルとなった海賊は「アン・ボニー」と思われる。アンは、同じく女性海賊「メアリー・リード」とコンビを組んでおり、暴力に満ちた海賊の世界でそこそこ活躍をしたとされる。

 アン・ボニーを語るならば、まずはメアリー・リードについて語る必要がある。メアリーの母は、船乗りと結婚して男児を生む。しかし船乗りの夫は航海から帰らず、メアリーの母は浮気によって別の男の女児を生んでしまう。この女児がメアリーだった。ところが不幸にも、船乗りの夫との間にできた男児、メアリーの兄は亡くなってしまう。

 残念なことにメアリーの母は、これをチャンスとばかりに夫の実家から養育費をせしめるため、メアリーを兄と偽り、男として育て、実家から金をふんだくり続けた。メアリーは、そのまま海軍に入隊。海軍将校と結婚する。しかし海軍将校は亡くなってしまい、その後、メアリーは西インド諸島に渡るため船に乗る。だが、どこまでも不運なことに、乗っていた船は、ジョン・ラカム率いる海賊に襲われてしまう。ところがどっこい、これを機に、なんとメアリーは海賊ラカムの一員となってしまう。なんと波瀾万丈な人生だろうか。

 一方、アンは非摘出子としてアイルランドで生まれる。幼少期はその出生をごまかすため、男として育てられた。成長したアンは、20歳にもならないうちに船乗りの男と駆け落ち。しかしアンは恋多き女で、もっと魅力的な男を見つける。それが海賊ラカムだった。こうしてアンもラカムの仲間として海賊になった。

 ところがアンはさらに魅力的な男を見つける。その男こそ、男装をしたメアリーだった……。男装をして船に乗りこんでいたアンは、自身が女であることを告白してメアリーに迫った。するとメアリーも「実は俺も……」と互いの秘密を明かし合った。ものすごいストーリーだ。このことがきっかけで2人は意気投合し、コンビを組むことに。その雄姿を見たラカム以外の乗組員は、2人が女とは気づかなかったそうだ。その後、海軍との戦いに敗れ、海賊ラカム一味は捕まってしまう。ラカムは処刑され、メアリーは獄中で病死。アンは刑を免れて逃亡したとされるが、その後は定かではないそうだ。

 

■黄金時代の終焉

 以上、「斧手のモーガン」と「“大喰らい”ジュエリー・ボニー」のモデルとなったであろう海賊をご紹介した。本当はもっとご紹介したかったのだが、いかんせん海賊の人生は濃密で、これ以上ページを増やすわけにはいかなかった。まさしくワンピースに描かれているような、楽しくも波瀾万丈の人生を送っていたのだろう。うらやましい反面、本書2冊にはぞっとする拷問の様子も載っており、海賊は生半可な覚悟ではなれなかったようだ。

 最後に、海賊黄金期の終焉をご紹介したい。18世紀半ば以降、海賊は衰退し始める。海軍が力をつけてきたからだ。海賊貿易によって富を蓄えたヨーロッパ諸国は、海軍設備を常設・増強。国家としても忠誠心ある海軍の方が、犯罪である海賊行為に目をつぶるより都合がいいのは当然。なんとも皮肉な話だ。

 射程の長い大砲など、重装備を有する軍艦が増え、18世紀末には産業革命によって蒸気船が発明され、船舶の機械化が進む。海運量が飛躍的に伸びたと同時に、海上の国際法も厳罰化。海軍の精鋭たちは高度な専門知識を身につけ、海賊が太刀打ちできない存在になっていった。これが黄金期の終焉だ。

 ワンピースの世界では、まさに今が黄金時代。ルフィを始めとする海賊たちは、これからどんな生き様を見せてくれるのだろうか。私たちにどんな結末を見せてくれるのだろうか。

文=いのうえゆきひろ