「ストレスは悪いもの」は思い込み? 心身にダメージを与えるストレスを”力”に変える方法

ライフスタイル

2017/7/20

『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』(ケリー・マクゴニガル:著、神崎朗子:訳/大和書房)

 人が人生のライフイベントから受ける“ストレスの度合い”について、数値化することを試みた研究がある。調査によれば、最もストレスの度合いが高い要因は「配偶者の死」、二番目は「会社の倒産」、三番目は「親族の死」とされている(出典:夏目 誠・村田 弘ほか(1998).勤労者におけるストレス評価法 産業医学30,)。

 私たちの心は“外からの刺激”を受けて反応し、感情や思考が生まれる仕組みをもっている。だが“刺激”となるストレスフルな出来事や逆境は予期せぬタイミングで訪れ、それを回避することは難しい。

 そこで最新科学の知見にもとづき、ストレスを“力に変えるための具体的な方策”を提唱している『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』(ケリー・マクゴニガル:著、神崎朗子:訳/大和書房)をひもといてみた。著者は心理学者であり、サイエンス・ヘルプのリーダーとしても世界的に注目されているマクゴニガル博士だ。

 本書はまず、ストレスに対する私たちの思い込みをくつがえすような調査結果から始まる。1998年、アメリカで3万人の成人を対象にストレスに対する調査が実施された。8年後に追跡調査を行ったところ、“「ストレスは健康に悪い」と考えていると死亡リスクが高まる可能性”が示されたのだ。

 人は自分の“主観”(思い込み)によって、考え方のみならず体の状態まで生理的に変化してしまう。マクゴニガル博士は、ストレスに対する考え方次第で、その人の健康状態から生き方まで、さまざまなことが左右されると推測した。ストレスを“自分にとって大切なものが脅かされたときに生ずるもの”と定義し、過去30年間の科学的研究や調査内容を調べ、新世代のストレス研究者たちの意見を訊き、それらの根拠や知見をふまえて、ストレスを力に変えるエクササイズを考案することを思い立つ。

 たとえば「ストレスを見直すエクササイズ」では、ストレスを受けたとき、自分は“体や心にどのような反応が表れるタイプなのか”を振り返り、その反応がもたらす効果を表を用いて整理する。

「ストレス反応の3つの効果」

・心臓がドキドキし、汗をかいたり、呼吸が速くなったりする
 →注意力が高まる、五感が鋭くなる→困難にうまく対処する

・友人や家族のそばにいたくなる、相手の感情に敏感になっているのに気づく
 →向社会的本能が活性化する→人とのつながりを強める

・起こったできごとを頭のなかで再現したり分析したり、誰かに話したくなる
 →脳内で経験を再現し、書き換え、再記憶する→学び、成長する

 上記に部分的に抜粋したように、どんなストレス反応も“困難にうまく対処できるように体と脳が助けてくれているしるし”ととらえることでストレスに新たな意味を見いだし、考えや認知をポジティブに切り替え、困難に対処しやすい思考回路を培ってゆく。

 また「ストレスを力に変えるエクササイズ」では、自分が苦しいときに他者を助けていたわることで、トラウマ体験が健康に害を及ぼすのを防ぐ効果がもたらされることが、自然災害やテロ事件の現場での助け合いの事例とともに解説されている。

 印象的だったのは、子供や配偶者など愛する人を失った人々の「心的外傷後成長」について記された第6章だ。喪失やトラウマ体験に対処しようともがく中で、なんとか人生のよい面をもう一度見つけようと努力するうちに、自分の思いがけない強みに気づいたり、精神的な成長を遂げたり、あるいは自身のつらい経験を活かしてほかの人を助けることができるようになった事例がいくつか紹介されている。苛酷な逆境から徐々に立ち直り、人生に再び意味を見いだすことは非常に価値がある。

 しかし、「心的外傷後成長」を遂げた人々の心から、喪失の悲しみや苦しみが消えてしまったわけでは決してない。むしろ心的外傷を受けた後の苦痛は、前向きに生きるための変化につながる、心理的プロセスを引き起こすのだという。

 9.11で夫を亡くした妻を取材した女性記者メアリーが、10年後に再びその妻を取材したストーリーが興味深い。果たして10年たってもいまだに深い悲しみに襲われることはなくならず、しかし妻の心の中には未来を見据えようとする確かな力が感じられ、メアリーは希望で満たされる。二度の取材を終えたメアリーは博士にこう語る。

“わたしたちはみんな、何らかの傷を負っています。ほとんどの人にとって大きな問題は、そういう傷を抱えながらも、あるいはまだ傷が痛くても、どうしたらよい人生を送れるか、ということではないでしょうか。わたしたちはみんな心に傷を抱えながら、どんなふうに生きていくべきか、その答えを見つけようとしているんだと思います”

 メアリーの体験のように、悲嘆の中にある人の苦しみから、他者が学べることがあるという。最も重要なことは“心から共感すること”。そして哀れむのではなく“相手の強さにも気づく”過程の中で、“代理成長”が起こる場合があるのだという。

 数々の事例を検討する中で、マクゴニガル博士は“人は生まれながらにして、ストレスをプラスの力に変える能力をもっている”という結論にたどりつく。最新の知見によって証明されたのは、実は人間のもつ本質的な力だった。その力を引き出すことは、今苦しみのさなかにある人にとっては難しく感じられることかもしれない。しかし、どんなに深刻で壮絶な苦しみにみまわれても、自分の中にはそのストレスを跳ね返す力が確かにそなわっているのだと意識することから、少しずつ光が見えてくる。最後に、本書の冒頭にある博士の言葉を引用してみたい。

“ストレスのよい面を見つめるのは、ストレスを全面的に肯定したり、否定したりすることではありません。大変なときでも、あえてストレスのよい面に目を向ければ、人生の困難な問題に立ち向かっていけるということなのです”

文=タニハタ マユミ