痴漢は「いきがい」…最先端の痴漢再発防止プログラムで加害者が告白すること【後編】

社会

更新日:2017/10/10

『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)

 アジア最大規模といわれる依存症治療施設、榎本クリニック(東京都)では、日本で先駆的にさまざまな性犯罪の再犯防止プログラムに取り組んでいる。なかでも最も常習性が高く、多くの被害者を生んでいる痴漢を撲滅するために、榎本クリニックではどのような治療プログラムが実施されているのか。前編に続き、『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)の著者、斉藤章佳氏(精神保健福祉士・社会福祉士)に聞いた。

■早急に内面の変容は求めず、まずは止め方を学ぶ

――本人が認知の歪みがあったんだと気づき自分で修正できるようになるまで、どれ程の時間を要するのでしょうか。

斉藤章佳氏(以下、斉藤): 人によって差はありますが、大体3年はかかります。性犯罪における再発防止プログラムの場合、まずは前面に出ている問題行動、いわゆる痴漢行為を止めなくてはいけません。ですので、最初から内面の早急な変容は求めず、まずは止め方を学んでもらいます。アルコール依存症であれば、今日1日飲まない。痴漢であれば、今日1日痴漢行為をしないといった具合です。再発しない1日を過ごすというリスクマネジメントを積み重ねていくことで、連動して内面が徐々に変わってきます。

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――そのリスクマネジメントの方法ですが、どのようなことを具体的に行うのでしょうか。

斉藤: 性犯罪再犯防止プログラムで大事にするのは、コーピングと呼ばれる対処行動です。そして、性犯罪の場合は他の依存症よりもリスクマネジメント(再発防止)を重要視します。各リスク段階の項目をまず書き出し、そのリスク段階でどう具体的に対処すればよいかを決めておきます。そういう事態に直面したら自分で決めた対処行動を適切なタイミングで実行してもらいます。再犯に至る人は自分でスイッチを入れてしまうので、そういった犯行サイクルや悪循環のパターンをしっかりと把握したうえで、スイッチを入れない生活スタイルを確立してもらうのが重要です。

■薬物療法で勃起不全を促す治療法

――中には勃起不全を促すために、抗うつ剤(SSRI)などの薬物治療を行う方もいるそうですね。

斉藤: 痴漢常習者の半数以上は、犯罪行為を行う際に勃起をしているわけではありません。このことから、性的欲求だけで犯行に及んでいるわけではないことがわかります。一方、彼らの問題行動の前後を聞くと、強迫的なマスターベーションを行っている人がいます。そのマスターベーションで使う視覚的刺激や性的ファンタジーの内容というのは、自分が実際に事件を起こす内容と同じであることが多く、つまり問題行動が再発するための引き金になるような行動をとっています。マスターベーション自体が間接的なトリガーになってしまっているなら、それらの性的刺激で勃起しにくくするために、本人の同意のもと薬物治療を実施します。また、それとは別に男性機能を低下させることが被害者に対する自分なりの責任の取り方と考え、自ら薬物治療を申し出る人もいます。


■別の「いきがい」を持つことが痴漢防止に

――痴漢をやめて得るものはたくさんあります。これ以上被害者を出さないことや逮捕されない、仕事や家族との信頼関係の再構築などがあげられます。一方で、「痴漢をやめて失うものは?」と聞いたとき少しの沈黙の後、「いきがい」と小さな声で答えた加害者の言葉がありましたが、運動療法やアサーション訓練なども、その「いきがい」を見つけるための治療なのでしょうか。

斉藤: 加害者は逮捕されるその時がくるまで、朝から晩まで強迫的に痴漢のことばかりを考え、捕まらないための涙ぐましい努力を続けています。逮捕されてしまうと人生が変わってしまうので、緻密な準備と計算を行っています。なかには痴漢した回数を几帳面に「正」の字で手帳に書いている人までいました。職場でも家庭でも虐げられている人にとって、痴漢行為を行っている瞬間だけは自分がある種の達成感や優越感を持て、かつ性的欲求も満たせる非日常的な時間なのです。これは本人にとっては「いきがい」であり、ほかに代わる言葉はないのかもしれません。2年前から新たに導入した治療プログラム「グッドライフモデル」は、加害者は幸せになる手段のひとつとして性犯罪を用いたという考えを前提としています。幸せになる手段が間違っていたのだから、別の方法で幸せなることを再学習すれば痴漢を手放すことができる。これはまさに加害者が発した「いきがい」という言葉に通じるところがあります。

■加害者家族の心のケア

――よき夫、よき父親が突然痴漢で捕まってしまった加害者家族のケアはどうでしょう。

斉藤: 夫が加害者の妻は、「早く別れなさい」「あなたのケアが悪いから」「それくらい我慢しなさい」など、社会や夫の家族から理不尽なことを言われることが珍しくありません。それにより、妻は二重三重の苦しみを持つことになり、「自分は妻としてのつとめが果たせてなかったんじゃないか」「なぜ気づいてあげられなかったのだろうか」など、いろいろな側面から板挟みになり苦しむような状況に追い込まれていきます。それは親の立場でも同様で、特に母親は「私の育て方が悪かったから」と自分を責め、加害者家族にとってみたら本当に生き地獄のような日常が続くことになります。だからこそ、同じ境遇の人が集まる家族支援グループで、「あなたは被害者である」と承認されることが重要になってきます。多くの人が物事の善悪が判断できる年齢から痴漢行為を繰り返しているのだから、それは親の育て方の問題でもなければ、妻としての役割が果たせていないからでもない。あくまで本人のストレスコーピングや環境への適応の問題です。本人と比べると加害者家族の変化は早く、家族支援グループに参加して半年くらいを過ぎると明らかに表情や服装が変わってきます。家族支援グループには、7、8年通っている「先行く仲間」もいますから、これから裁判を控えている家族には希望の光となります。本当に笑顔が生き生きとしていますし、話す言葉がしっかりとしていて加害者家族としての覚悟が伝わってきます。そういう意味で、家族支援グループをやる意義というのはとても大きいです。

――とはいえ、ネットも他媒体もまだまだ、家族の責任を問う風潮は根強いものです。

斉藤: 痴漢のような加害と被害のパラダイムに、共依存の問題をあてはめると、余計に加害者家族は苦しめられます。加害者家族支援で大事なのは、家族の責任を追及することではなく、本人の問題と家族の問題を分けて整理し境界線を意識しながらサポートしていくことです。たとえば、夫や息子が逮捕されたときに家族が保釈金を用意することがあります。これは共依存かというと、家族なら助けたいと思うのは極めて普通の反応ですし、共依存とはいえません。加害と被害の問題に共依存をあてはめてしまうのは、DVを受けている妻に「あなたにも非があるから殴られるのよ」と責めることと同じです。それに、この類の問題に安易に共依存をあてはめて考えることで一番得をするのは加害者です。そうなると、家族支援に関わるスタッフ側が加害者の責任性を隠蔽してしまうことになりかねません。このように、知らない間に周囲が加害に加担してしまうメカニズムは、まさに二次被害と言えます。

■やめることではなく、やめ続けることが大事

――著書のなかで「やめることではなく、やめ続けること」という言葉がありました。痴漢撲滅を考えるときに私たちができることは何でしょう。

斉藤: 裁判でも、必ず「もうやらないですよね」「もうやめますよね」という聞き方をしますが、常習的な痴漢というのは自転車や水泳と同じで、1度やめても、また再開(再発)すれば10年やめていたとしても再び問題行動が止まらなくなります。しばらくやっていなくても、またすぐに昔の状態に戻ったというのはよくある話で、いかにやめ続けることが大変かということはあまり語られません。そして、本人たちもその場を切り抜けるために「もう絶対やりません」と口にします。まずはその聞き方を改める必要があるでしょう。「あなたは痴漢をやめますか」ではなくて、「やめ続けることはできますか」と聞く。やめるというのは点なんです。でも、やめ続けるというのは線ですよね。線というのは、らせん状になったり、曲がったり、ジグザグになったりするわけで、一直線できれいに回復するというのはなかなかありません。そういうことを理解したうえで行動変容に付き合っていくのが依存症の治療であり、痴漢撲滅につながる重要な視点だと思います。

取材・文=山葵夕子

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