高校生の日常は、安楽椅子に座っていたら解決できない…「小説推理新人賞」受賞作収録のミステリー×青春群像劇

文芸・カルチャー

更新日:2022/6/28

その意図は見えなくて
その意図は見えなくて』(藤つかさ/双葉社)

 高校時代は、毎日どうしていいのか分からない感情に振り回され続けていたように思う。周囲に感じるライバル心や劣等感、羞恥心。その一方で湧き上がる自尊心や自己顕示欲。処理しようのない感情に支配され、グチャグチャになった自分を持て余していた。

 そんな高校生たちの群像劇が『その意図は見えなくて』(藤つかさ/双葉社)。選考委員、大倉崇裕さん・長岡弘樹さん・湊かなえさんの満場一致で第42回小説推理新人賞(2020年)に選ばれた表題作(「見えない意図」を改題)を収録する短編集だ。読めば、まるで高校時代の感情が蘇るかのよう。まだ何者でもないことの不安や希望を感じながら、日常の謎、人間関係の問題に向き合っていく高校生たちの姿にどうしようもなく心揺さぶられる。

 表題作「その意図は見えなくて」の主人公は、高校2年生、陸上部に所属する男子生徒・清瀬。選挙管理委員である彼は、ある時、生徒会選挙で大量の白票が集まるという不可解な事件に遭遇した。会長に立候補していたのは、清瀬と同級生の男子生徒・氷室のみ。サッカー部の部長であり、眉目秀麗、博学多才な人気者の彼がいじめられているとは考えにくい。では、どうしてたくさんの白票が集まったのか。不正なのだとすれば、誰が何の目的でこのような事件を起こしたのか。以前、学校で起きた盗難事件を解決に導いたという高校3年生の女子生徒・鴻巣を中心に、生徒の間で議論が進めていくことになるのだが…。

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 この鴻巣という女子高生が安楽椅子探偵さながら謎を解決していくのかと思えば、実はそう上手くはいかない。鴻巣は、ミステリーかぶれなのか、かなり探偵気取り。順序立てて今回の事件を整理しているし、その姿も様になってはいるのだが、事件を解決に導くことはできずに苛立ちさえ露わにする。では、この事件はどうなってしまうのか。それはぜひこの短編を実際に読んで、意外な展開を味わってみてほしい。とある人物によって真相が明かされたかと思えば、新たな謎が出現。そして、それもまた別の人物によって鮮やかに解き明かされていく。メインの謎以外にも、別の謎が用意されている二重構造になっているのだ。

 それは他の短編でも同様だ。陸上部の部室を荒らされる「合っているけど、合っていない」、部活の合宿の劣等生が突然姿を消す「ルビコン川を渡る」、中学時代に起きた事件の謎を追う「その訳を知りたい」、納品されたばかりの文化祭のパンフレットが思いもよらない場所から見つかる「真相は夕闇の中」…。この本に収められた短編はどの作品も、探偵になりきろうと意気込んだ高校生たちに手厳しい、ビターな展開を与える。高校生活の中で巻き起こる日常の謎を扱ったミステリー作品でありながらも、その内容はどこかアンチミステリー的。探偵役を演じようとする人物よりも、物語の中心となるのは、目の前の謎より人間関係をめぐるトラブルをどう解決するかに心を砕こうとする人物。悩み多き高校生たちの心情に焦点が当てられていく。

 高校生の日常には、安楽椅子に座っていたら解決できないことがたくさんある。何かと同級生と比べてしまったり、将来に悩んだり、圧倒的な才能を持つ生徒を前に諦めてしまったり。そんな高校生たちの姿をこの作品はありありと描き出していく。今、高校生活を送る人も、かつて送っていた人も、彼らの姿に、つい自分自身を重ねあわせてしまうのではないだろうか。事件を通して、彼らは何に気づくのか。どう変化していくのか。どうかあなたも日常の謎に出くわした高校生たちの葛藤を見守ってほしい。どこかほろ苦い感情を感じさせられながらも、同時に、彼らの成長に背中を押されたような気分にさせられる1冊。

文=アサトーミナミ

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