愛猫の旅立ちとその後…。群ようこが綴る、無理と無駄をしない毎日

文芸・カルチャー

公開日:2022/6/29

今日は、これをしました
今日は、これをしました』(群ようこ/集英社)

 いつかは必ず訪れる愛するペットとの別れの日。彩りに満ちた日常をめぐる『今日は、これをしました』(群ようこ/集英社)には、群ようこさんが、愛猫・しいちゃんとの別れの時と、その後の生活について綴ったエッセイが収められている。『おかめなふたり』(幻冬舎文庫)や『しいちゃん日記』(角川文庫)など、たびたび群さんのエッセイに登場してきたしいちゃん。20年以上もともに暮らしたしいちゃんを失った悲しみは計り知れないだろうが、描かれるエッセイは、決して悲嘆に暮れたものではない。むしろ、読む者を優しい気持ちにさせてくれる。

 しいちゃんが亡くなったのは、2020年11月10日のこと。しいちゃんは群さんと暮らした22年7カ月もの間、風邪ひとつ引いたことがなかったが、亡くなる5日前から水しか口にしなくなり、病院で診てもらったところ「病気ではなく老衰」といわれていた。もともとしいちゃんは生まれながらの女王様気質。群さんの日常の時間割はすべてしいちゃんが握っていて、5時半から6時の間の起床時間、夕方5時半すぎの仕事をやめる時間、お風呂に入る時間は5分というのも彼女が決めていた。夜の9時半には「はい、あなたはもう寝なさい」と自分の寝床から起きて、群さんのベッドルームに入っていく。追いかけて部屋に入り、そこでブラッシングしてあげた後、「しいちゃん、おやすみ。今日もありがとうね」という群さんの言葉を聞くと、満足したように寝床に戻っていくのが日課だったという。そんなしいちゃんとの暮らしをずっと続けてきたのだから、急に彼女が亡くなり、お葬式を終えた後も、群さんはしいちゃんのことを考えずにはいられない。

こんな私の姿を見て、しいは、
「何やってるの。そんなことをしていないで、とっとと原稿の一枚でも書きなさいよ」
と呆れているに違いない。二十二年間、ネコ中心、そしてネコに毎日叱られてきた私は、いまだにしいが大きな目でずっと私の行動を見張り、チェックしているような気がしてならないのだった。

 そんな記述を読むと、ついつい涙腺が緩んでしまうのは、私だけではないだろう。

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 だが、群さんは前へ前へと進んでいく。しいちゃんが亡くなったのをきっかけに、断捨離を行い、引っ越しも決意。部屋を掃除していけば、しいちゃんと遊んだおもちゃがたくさん出てきて、つい、彼女との日々を思い出す。だが、それでも群さんは悲しみに暮れることはしない。ただ、ちょっぴり心配なのは、たまにあちらの世界からこちら側にしいちゃんが遊びに来てくれた時に、ちゃんと引っ越し先に来てくれるかということ。「いい? 引っ越した後にここに来てもおかあちゃんはいないよ。ちゃんと新しいお部屋に来るんだよ。わかった?」と念を押す群さんと、生前と同じように「うるさいわねえ、何度もいわなくても、わかっているわよっ」と写真の中でむくれているように見えるしいちゃん。そんなふたりの姿は微笑ましい。そして、その後、新しい部屋で起きたささやかな奇跡には思いがけず幸せな気分にさせられてしまう。しいちゃんと過ごした日々を大切にしながら、これから先も前を向いて歩んでいく。群さんのエッセイを読んでいると、そんな決意さえ感じられる。

 群さんは、毎日を明るく過ごす達人なのかもしれない。しいちゃんとのエピソード以外にもこの本には、楽しみをあちこちに見つけて暮らしている群さんの姿が描かれている。美しい写真を眺め、毛糸のパンツを編み、着物を取り出してほめちぎる。自分にいい刺激を与えてくれる音楽を聴き、動画を鑑賞し、新聞の定期購読をはじめ、マスク作りもする。無理をしない。無駄をしない。家の中でも近所でも、楽しみや喜びは見つけられる。そんな群さんの姿に気づけば元気付けられてしまう。

 しいちゃんはこれからも群さんのことを見守り続けるのだろう。このエッセイ集を読むと、そんなことが自然と信じられてしまう。温かな読後感を与えてくれるこの作品は、愛するペットを失ったばかりという人はもちろんのこと、毎日をつまらなく感じている人にもおすすめ。読めば、気持ちが前向きになるこのエッセイ集をぜひともあなたも味わってみてほしい。

文=アサトーミナミ

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