復讐と贖罪が交錯する義賊と竜の純愛ファンタジー! 葵居ゆゆ『泣けない竜は愛を捧げる』

文芸・カルチャー

更新日:2022/6/30

泣けない竜は愛を捧げる
泣けない竜は愛を捧げる』(葵居ゆゆ/白泉社)

 繊細な心理描写と濃厚なエロスに定評のある、BL作家の葵居ゆゆ氏。最新作の『泣けない竜は愛を捧げる』(白泉社)は、竜族最後の生き残りである孤独な王子と、竜に家族を殺されて復讐の炎を燃やす義賊のロマンスを描く、切なくピュアな純愛ファンタジーだ。

 宝石を豊富に産出することで知られているガーネリア国。かつてこの国では宝石を護る者として、竜族は畏怖と信仰の対象だった。だが宝石を食料として奪い、人間を攫って番いとする竜は、今は災厄をもたらす生き物として忌み嫌われている。竜族の王子ルートヴィヒは、山の中の洞窟で身を隠すように暮らし、両親が残した宝石を糧に一人きりで生きていた。

 そんな彼のもとに、王の命を受けた義賊のエリックが訪れる。ガーネリアでは竜の襲撃騒動が起きており、この事件の背後にうごめく神官の悪行を暴くために、王は竜族を内密に保護しようとしていた。ルートヴィヒは一目でエリックに惹かれ、彼と仲良くしたいと願う。だがエリックは家族を殺した竜族を憎み、ルートヴィヒに剣を突き付けるのだった。

advertisement

 15年前の竜の襲撃で家族と故郷を失ったエリックは、竜に対する怒りを抱えながら悪どい貴族や神官の財産を盗み、貧しい人たちに配ることで鬱憤を晴らしていた。ようやく出会った竜族に復讐の刃を向けるものの、相手は事件とは直接関係のない、いたいけな竜なのである。優しく世間知らずな竜の王子は人間のことが大好きで、友達になりたいと無邪気に願っていた。

 だが、竜族がいかに人間たちから憎まれているのかを知り、贖罪のために己の身を捧げようとする。ルートヴィヒの孤独と痛ましいまでの献身ぶりは、復讐に燃えるエリックの心を揺さぶっていく。当初はルートヴィヒに辛く当たるものの、彼を殺しても復讐にはならないことを自覚し、やがては憎んでいたはずの竜がかけがえのない大切な存在となっていく。2人の愛の成就は、人間と竜の和解でもあるのだ。

『泣けない竜は愛を捧げる』では、宝石が重要なモチーフとして登場し、幻想的な描写の数々が物語に彩りを添えている。ルートヴィヒが宝石を食べる場面では、色彩や香りが豊かに立ちのぼり、また体から流れた血液が宝石に変わる光景には、どこか背徳的な匂いも漂う。それまでどれほど辛い目にあっても泣くことができなかったルートヴィヒが、胸に切なさが募るあまり初めての涙をこぼすシーンは特に印象深く、ぜひ注目してほしい。

 本作はBL小説としてのみならず、竜族と人間の異種婚もの、そして竜や宝石をモチーフにしたファンタジー小説としても楽しめる。そうした観点から本作にふれてみるのもおすすめだ。

文=嵯峨景子

あわせて読みたい