不器用なお人好しさんが導かれたのは、なんでもそろう癒しの空間! 自分を労わる大切さを思い出させてくれるコミック『スパあんこうの胃袋』

マンガ

公開日:2022/8/5

スパあんこうの胃袋
スパあんこうの胃袋』(あきばさやか/KADOKAWA)

 急いでいても、忙しくても、人が困っているのを見ると助けずにはいられない。頼まれると断れない。世の中には、こういう不器用でお人好しな人間が少なからずいる。そういう人が1人いると、周囲は助かるかもしれない。が、本人は、周囲の面倒ごとを片付けているうちに時間も体力も減っていき――気がつけば心身ともに疲れ果てていることも。『スパあんこうの胃袋』(あきばさやか/KADOKAWA)は、そんな「優しく頑張り屋なのに、不器用で他人に振り回されてしまう人」を癒してくれる、不思議な“ご褒美”の物語。

 8つの物語で構成されているこの作品は、人に振り回されてばかりの会社員・真澤さくらの残業シーンから始まる。自分の仕事を片付けるために残っていたさくらは、後輩が引き受けた仕事の処理に巻き込まれ、帰宅が遅くなってしまった。帰り道、せめておいしいパンで自分を癒そうと、閉店5分前のパン屋にすべり込もうとした矢先。コートの紐を引きずりながら歩いている女性が目に入る。

スパあんこうの胃袋 P6

スパあんこうの胃袋 P7

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 パン屋はもうすぐ閉店してしまう。女性に声をかければ間に合わないかもしれない。でも、誰も女性に「コートの紐を引きずってますよ」と教えてあげようとはしない。結局さくらは、パン屋を諦めて女性のもとへ走る。そして声をかけたそのとき――振り返った女性が突然巨大なあんこうになり、さくらは飲み込まれてしまった。

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 さくらはたどり着いた先の不思議空間で深海魚たちに囲まれ、案内役のメンダコに連れられて部屋着に着替え、「スパあんこうの胃袋」内へ。そこはいつも人のために頑張っている不器用さんを手厚く迎え、ご褒美をくれる空間だった。

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「温泉コーナー」はもちろん、「読みたかった本が何でも見つかる本棚」や「世界各国の料理が何でもあるコーナー」などとにかく何でも叶えてくれる至れり尽くせりの空間。さくらはそこで思う存分疲れを癒し、人のために消費してきた時間を取り戻すかのように楽しいひとときを享受する。そうしてしっかりと疲れを癒したさくらは、再び現実世界へと戻っていった。

 どんなにお人好しでも、頑張り屋さんでも、息抜きや自分を労わる時間は必要なもの。本書は、そんな当たり前だけど忘れがちなことを思い出させてくれる。誰かのために時間を使ったら、自分のためにもちゃんと時間を使い、自分自身をケアしていく。この時間を忘れれば、いずれ疲れ果ててしまうのは当然だ。だが現実では、優しい人ほどこれができていないし、自分が「ケアが必要な状況」であることにすら気づかない。筆者のまわりの人たちを思い返してもそうだ。そんな人には、身近な人間があんこうのように「ちょっと休もう」と休息へと導いてあげた方がいいのかもしれない。

 さくら以外にも多くの不器用さんが「スパあんこうの胃袋」内へと導かれ、癒されていく。また後半では、間違って飲み込まれた残念な人や「スパあんこうの胃袋」で働く深海魚たちのスタッフルームも描かれる。そこで見えてくるのは、善意も悪意も、その多くが連鎖していくということ。さくらが助けた後輩も、いつかそれに気づいて誰かを助ける日が来るかもしれないし、そうであってほしい。筆者も忙しいとつい自分優先になってしまいがちだが、もう少し、周囲に気を配る余裕も持って生きていきたい。

文=月乃雫

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