大槻ケンヂ、長嶋有らが参加。ロック・バンド「人間椅子」の歌詞を小説化したアンソロジー!

文芸・カルチャー

公開日:2022/12/1

夜の夢こそまこと
夜の夢こそまこと』(和嶋慎治,伊東潤,空木春宵,大槻ケンヂ,長嶋有/KADOKAWA)

『人間椅子』は江戸川乱歩が書いたエログロナンセンスな小説だが、まさか同名のロック・バンドが活躍することになるとは、既に逝去した乱歩も予測できなかったのではないか。彼らは勝ち抜き音楽番組の『三宅裕司のいかすバンド天国』(以下、『いか天』)に颯爽と登場し、辛口で知られる審査員たちから喝采を浴びた。筆者はその際の演奏をリアルタイムで見ていたが、ベースがねずみ男を模した衣装をまとって登場した時点で、もしかしてイロモノ!? と当惑した。

 だが、卓越した技術を誇る彼らの楽曲は、実力派で正統派のハード・ロック/ヘヴィ・メタル。イロモノなんて偏見だった。そして、この度、そんな人間椅子の歌詞を小説化した『夜の夢こそまこと』(KADOKAWA)が発売された。「怪奇と幻想のハードロック文芸爆誕!」と帯にある通りの内容だ。小説を読んでから曲を聴くのもいいだろうし、曲を聴いてから小説に臨むのでもいい。どちらにせよ、何らかの感興を覚えるだろう。

 劈頭を飾るのは、筋肉少女帯の大槻ケンヂ氏による「地獄のアロハ」。先述の『いか天』で名をあげたバンドマンたちが一堂に会し、渋谷公会堂で同窓会的なライヴを行う話だ。原曲に「夢」「現実」といったフレーズがある通り、夢と現実がないまぜになった世界は実に魅惑的で謎めいた奥行きを有する。大槻ケンヂ氏は2016年の『ライヴハウスの散歩者』以来、小説を書いていなかったから、大槻氏の新作を読めて純粋に嬉しい、というのが筆者の正直な所感である。

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 本書に寄稿した5編のうち、最も興をそそられたのが、芥川賞作家の長嶋有氏による青春小説「遺言状放送」。原曲では「ラジオ」や「電波」といった言葉がキーになっているが、男子高校生の榛原が、放送部ならぬ放送局の怪しげな先輩と出逢うのが話の発端。風体も言動も、いかにも変わり者といった先輩だが、榛原は彼の奇行を面白がるようになり、閉鎖された旧校舎の部屋で交流を深める。先輩は屋上のラジオ局から電波を飛ばすことになり、それを榛原は手伝うのだが……。

 空木春宵氏の「超自然現象」は、「ミラクルパワー」という曲の歌詞を意想外の方法で使用した怪奇譚。ざっくり言うとカルト的な宗教団体の内実を描いた話なのだが、主人公の女性が団体内で大活躍し、幹部にまで上り詰める。そのプロセスがスリリングで、ストーリーテラーとしての著者の実力に唸る。伊東潤氏の「なまはげ」は、借金の返済に追われ、飛び降り自殺を試みようとした男性が、いつの間にかなまはげに扮していた、というあらすじである。

 そしてなんと、掉尾に置かれたのは人間椅子のヴォーカル/ギターの和嶋慎治氏による「暗い日曜日」。和嶋氏の書き下ろし小説はこれが初らしいが、巧みな展開と硬質な文体はアマチュアとは思えない。内容は寒村を舞台にした少年の青春こじらせ小説で、彼は踏み込んではいけないと言われる村の外側へ興味を示す。やがて彼の地に入り込んだ少年は、永遠に夢を見ている人たちの一群を見つけて、彼ら/彼女らの変わり果てた姿に直面するのだが……。

 それにしても、クセもアクも強く強烈なアングラ臭を放つ人間椅子が、ここまでメジャーになるとは、正直、予測していなかった。和嶋氏はももいろクローバーZに曲を提供し、彼女らのライヴでもギター・ソロを弾いた。『いか天』を知らない世代にも彼らの音楽は広まっている。これからこのバンドに関する見識を深めたいなら、本作がその一助となることは間違いないだろう。

文=土佐有明

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