英作家ニック・ホーンビィの青春小説が待望の復刊。中古レコードショップを舞台にした切なくも心地よい恋愛模様。
公開日:2023/2/15

“無人島に持っていく五枚のレコード、っていう感じで、これまでの別れのトップ・ファイブを年代順にあげるとすれば、次のようになる。”
と始まるニック・ホーンビィ『ハイ・フィデリティ』(森田義信・訳/早川書房)は、35歳のいい歳した男が終わらない青春に懊悩しまくる小説だ。
音楽ファンやレコードマニア向けの中古レコードショップ「チャンピオンシップ・ヴァイナル」の店主であるロブは、恋人(であった)ローラと破局を迎えていた。母親からは「あなたが誰かと会って、いっしょに暮らしはじめると、その子は必ずいなくなるじゃないの」と言われてしまうほど、ロブの恋愛は出会いと別れの繰り返し。ロブは自分になにか問題があるのか悩み、“女性”について考え続け、ついには自身の思い出に残る破局トップ・ファイブの元カノたちになぜ恋愛が上手くいかなかったのか訪ねることになる。
実在する音楽が数多く登場し、レコードマニアな店員や、音楽と人生が重なる物語はジョン・キューザックの主演で映画化もされて知る人も多い。
中年にさしかかった主人公ロブは、今でいえば拗らせた中年。控えめに言って最低、控えなければクズである。そんな中年男の懊悩をひたすら読み続ける本作であるが、これがおもしろいのである。ロブの独白からにじみ出る男性の情けない部分に読者は自身を当てはめては身もだえし、共感できないことに安堵する。だって元カノとの恋愛を振り返り、自分がどう思われていたのかを10代の恋愛まで遡ってしまうのである。痛い…。またロブは自分を救ってくれるのは女性だとも思っていて、当然ながら女性とは出会いと別れの繰り返しなのである。
早川書房からepi文庫として復刊された(1999年に新潮文庫で邦訳)『ハイ・フィデリティ』は、本国イギリスで1995年に発表された。書かれた当時と現在とでは時代による価値観の変化などが物語で気になるところだが、アクティブな女性に惹かれるロブに対して、物語では友人の女性リズが批判的に指摘するなど、アクチュアル(現代に適した)な部分もある。もちろんいつの時代もこじらせた中年男性の哀しさは普遍であると思うが、復刊された本作に時代性による違和感はない。今では「男性は“名前を付けて保存”、女性は“上書き保存”」と、過去の恋愛についての男女の考えの違いが喩えとして言い表されることがあるが、『ハイ・フィデリティ』はそんな恋愛への男女の無理解を上手く描いている小説でもある。
そして本作でもっとも印象深いのは、ロブの人生や恋愛がレコードの並べ方(自宅のコレクションを買った順に並べている)やお気に入りの音楽トップ・ファイブといった「好み」のように挙げられている点だ。「好み」そのものが肯定されヒップと呼ばれる現代において、ロブの人生と恋愛は、音楽を聴きながらページをめくるライナーノートのような心地よさがある。
普遍的な大人の青春小説として復刊が嬉しい一冊だ。
2000年に公開された映画版は、舞台をアメリカに変えたものの原作のストーリーラインが大きく変わらず、またジョン・キューザック演じるロブが観客に語りかけるユニークな演出で原作の読書体験と変わらないおもしろさがあるのでおススメだ。近年では『THE BATMAN-ザ・バットマン-』のキャットウーマンを演じたゾーイ・クラヴィッツをロブ役に主人公を女性にしたドラマが製作されている。
文=すずきたけし