最高神ゼウスの魂がエジプト人奴隷の子に宿る…!? 1000年の時を経て復活したゼウスとエジプト人奴隷の子が天界を揺らす

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更新日:2023/4/22

落ちぶれゼウスと奴隷の子
落ちぶれゼウスと奴隷の子』(尾羊英/朝日新聞出版)

 ギリシャ神話には、個性豊かな神々が登場する。中でも、圧倒的な強さを誇るのが全知全能の神、ゼウス。そんなゼウスの魂が、もし弱き者の中に入ったら…? 『落ちぶれゼウスと奴隷の子』(尾羊英/朝日新聞出版)は、そんなユニークな視点で描かれた斬新な転生物語だ。

 舞台は、今から2500年ほど前の古代ギリシャ・アテナイ。捨て子だったチェトは、7歳の頃に売られて奴隷に。同じく奴隷の美少年ルガルと友情を深め、奴隷から解放された暁には共にエジプトへ行こうと約束していた。

落ちぶれゼウスと奴隷の子 1巻p.16

落ちぶれゼウスと奴隷の子 1巻p.17

 だが、ルガルは疫病に感染し、物置小屋で隔離状態に。ルガルの容体を気にかけない周囲の人間や「汚染された小屋ごと早急に燃やすべし」との指示を出す医師にチェトは憤り、自力でルガルを救出するも、時すでに遅し。大切な親友は、腕の中で息絶えてしまった。

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 なぜ、ルガルが死ななければならないのか。こんなのは、おかしい。神様、どうかお力を…。そう心の中で強く願った時、チェトの前に現れたのは、死者の国を統べる王ハーデス。ルガルを生き返らせてほしいと頼むと、ハーデスは信じられない事実を口にした。なんと、チェトの中には1000年前に封印された、オリンポス最高神ゼウスの魂が眠っているというのだ。

落ちぶれゼウスと奴隷の子 p.42

落ちぶれゼウスと奴隷の子 p.43

 ハーデスの言葉によって、チェトの中にいたゼウスの魂は眠りから目覚める。ゼウスには死者を蘇らせる力があるが、今は神の姿すらまともに維持できないほど力が弱まっていた。そこで、チェトはルガルを生き返らせるため、ゼウスの力を取り戻すことに。ゼウスは自分を封印した我が子たちに罰を与えたいと考え、チェトに協力することにした。

落ちぶれゼウスと奴隷の子 1巻p.56

落ちぶれゼウスと奴隷の子 1巻p.57

 ゼウスが完全に力を取り戻すにはアテナ、アポロン、アルテミス、アレスの四神がかけた封印をひとつずつ解く必要がある。

 まず、チェトは知略神アテナからゼウスの持つ力のひとつ雷槍(ケラウノス)の封印を解く条件として、医神アスクレピオスの知恵を人間たちに広め疫病を鎮めるようにと言われ、エピダウロスへ旅立つ。

 …というように、本作は1巻から壮大なストーリー展開となっており、先が気になってしまう。続く2巻で、チェトの冒険はさらに危ういものに。次は雲盾(アイギス)の封印を解くため、武芸にたけた姫君イオと共に軍神アレスがいる軍事都市国家スパルタへ向かうのだが、海賊に襲われ、絶体絶命の状況に。

 一方、アレスは雷槍に匹敵する力を持つ「クロノスの大鎌」でゼウスを迎え撃とうと目論む。

落ちぶれゼウスと奴隷の子 2巻p.142

落ちぶれゼウスと奴隷の子 2巻p.143

 なお、本作では女性が武芸にたけているのが良しとされない時代の中、元将軍である父親のように強い戦士になりたいと思い、鍛錬し続けたものの、誰からも生き方を認められなかったイオが、自分を理解してくれる女性と初めて出会う様子にも心打たれる。登場人物たちの人生や思惑が絡み合うからこそ、チェトの冒険は一筋縄ではいかず、見ごたえがあるのだ。

 さまざまな神々が登場するギリシャ神話は、とっつきにくい印象を持つ人もいるかもしれないが、本作にはギャグっぽい描写も多々あり、世界観に入りやすい。神話に記された逸話をなぞらえている部分もあるので、ギリシャ神話が好きな方はもちろん、易しく神話を学びたいと思っている方にもぴったりだ。また、シリアスなシーンの盛り込み具合も上手くて重々しすぎる物語にならず読後感もいい。

 他者に優しく謙虚な性格のチェトと傲慢で自己中心的なゼウスは性格が真逆。だからこそ、目の前に起きていることの捉え方が違って面白い。意見を交わし合いながら交友を深めていく、ゼウスとチェトは同じ肉体を共有してはいるものの、“良きバディ“という呼び名が、しっくりくる。

 心優しいチェトは今後、ゼウスのワケありな性格にも大きな影響を与えるはず。それにより、天界や人間界にどんな変化が生じるのか楽しみだ。

文=古川諭香

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