「お金が欲しい」「旬の野菜の天ぷらが食べたい」――対局中のプロ棋士の雑念まみれの思考が癖になるコメディ漫画が面白い!

マンガ

公開日:2023/5/27

花四段といっしょ
花四段といっしょ』(増村十七/朝日新聞出版)

 将棋のルールを知らないのに、こんなに笑っていいのだろうか…!? と、畏怖の念を抱きながらも、ユニークで優しい世界観に心をつかまれ、何度も頬が緩んでしまった棋士の漫画がある。SNSでも大変話題となった増村十七先生の『花四段といっしょ』(朝日新聞出版)だ。本作は、相当ハードな道のりを経てプロになった棋士たちの、実に人間らしい脳内や日常にスポットが当たっている。主人公は、プロ入り3年目の若手棋士・花つみれ四段。気品があって美しい顔をしているが、彼の思考はたとえ対局の最中でも、雑念にとらわれていた。

花四段といっしょ 1巻p.6

花四段といっしょ 1巻p.7

 物語は、C級2組に在籍する花つみれ四段が、順位戦という非常に重要な棋戦の真っ最中にもかかわらず、「お金が欲しい」「旬の野菜の天ぷらが食べたい」と煩悩まみれの思考が渦巻いているところから幕を開ける。対局相手の海老六段が新しい高級腕時計をしていることや、ボッテガの財布を持っているセレブぶりも気になり始め、海老六段の人気YouTubeチャンネルの収益の計算を脳内で開始してしまうほど雑念にまみれていた。

 将棋は、長い歴史を持ち、今なお600万人超もの人々を魅了する至高の頭脳ゲームであるという。その中で、わずか300人に満たない将棋のプロたち。持ち時間が各6時間と長い順位戦は、昼夜の食事を挟んでも時に2kg以上痩せることもある猛烈な頭脳戦らしい。ともすると、厳しく過酷な物語が瞬く間に展開されそうな棋士の世界だが、本作は、思考の深淵へ挑戦する対局中、昼食に何を注文するかを真剣に思い悩み、スマホのアラームを切ってないことに気づき、焦りだす花つみれ四段の散らかった思考を通して、棋士たちが少しだけ、人間的で身近な存在に思えるところが魅力であった。

advertisement

 花つみれ四段は、妙に人望があり、棋界の内外で交友範囲が広いのだが、本作に登場する人たちは皆、個性豊かで面白い。女性初のプロ棋士候補として奮闘する、花四段の妹弟子・踊 朝顔は、奇抜な格好の犬好きで、負けん気が強く、応援したくなる魅力にあふれていたし、花四段とプライベートも度々行動を共にする茄子五段は、頼りになる兄貴分で、おおらかさにも引き込まれる。また、2巻から登場する、関西若手棋士のホープの色羽仁(いろはに)五段。彼は、マイペースな花四段に、幼い頃から将棋人生の歯車を狂わされてきたのだが、2人の対局は、開始早々、お互いに次々とおかしなものを飲み食いし始めるので、抱腹絶倒の回だった。

花四段といっしょ 2巻p.13

花四段といっしょ 2巻p.14

花四段といっしょ 2巻p.15

 温かい雰囲気のまま、物語が進行するかと思いきや、2巻終盤では、花四段の幼馴染でもある現役最強棋士・つげ名人の登場と共に、根っからの明るい性格だと信じて疑わなかった花四段の重い過去が少しだけ明かされる。これまでとは一転したシリアスな雰囲気に驚いたが、彼の新たな一面もまた気にかかる。将棋のルールがわからなくても、極めし者たちによる、凄みや迫力、また人間的な魅力を存分に堪能できて、将棋のことがもっと知りたくなる漫画であった。

文=さゆ

あわせて読みたい