【2024年本屋大賞1位】坊主にして髪の伸びる長さを実験する女の子⁉ 行動力の凄まじい女子高生が挑戦しまくる青春爆走ストーリー

文芸・カルチャー

更新日:2024/4/10

成瀬は天下を取りにいく
成瀬は天下を取りにいく』(宮島未奈/新潮社)

 ここしばらく、私の心の中心を、「成瀬」が陣取っている。そう、それは、まるで、滋賀県の真ん中を琵琶湖が占めるように。全てを飲みつくすかのように堂々としていて、まばゆいばかりにきらめく。どんな曇天も晴天に変えてしまうような快活さは、私の大きなエネルギーになっている。

「成瀬」とは誰なのか——それは、『成瀬は天下を取りにいく』(宮島未奈/新潮社)の主人公「成瀬あかり」だ。滋賀を舞台としたこの作品は、第20回「女による女のためのR-18文学賞」大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞した「ありがとう西武大津店」を含む宮島未奈氏のデビュー作。小説家の辻村深月さんは「自分が人生のどこかで別れてきた『どこか』や『何か』が共鳴する、いとおしい青春小説」と評し、漫画家の東村アキコさんは「甘酸っぱくもない、エモくもない、こんな女子中学生爆走物語を私は待ってました!!!」と語る。その他にも、小説家の三浦しをんさんや、芸人の友近さん、Aマッソ・加納愛子さんなど、多くの著名人を魅了する傑作青春ストーリーなのだ。

「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」。

 この物語の主人公・成瀬あかりはいつだって唐突におかしな挑戦を始める。たとえば、2020年、中2の夏休みの始まり、成瀬は幼馴染の島崎みゆきに、コロナ禍に閉店を控える西武大津店に毎日通い、地元テレビの中継に映ると宣言した。西武大津店は大津市唯一の百貨店。地元民にとってはかなり思い入れの深い場所らしい。成瀬は島崎に、自分がテレビに映る姿を毎日チェックしてほしいと頼むのだが……。

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 一体、成瀬のバイタリティはどこからくるのだろうか。ある時は、島崎を巻き込んでお笑いコンビを結成してM-1に挑戦し、また高校に入学した時には、突然髪を坊主頭にして「一年で髪の毛はどのくらい伸びるのか」という長期実験を敢行する。大津市民憲章を暗記して忠実に守ろうとするし、夢は「200歳まで生きること」だと豪語し、そのために、歯磨きを欠かさない。いつもスケールのデカいことを言うが、たとえ目標に届かなくても落ち込まない。なぜなら、大きなことを百個言って、ひとつでも叶えたら、「あの人すごい」と思われると考えているから。だから、日頃からとんでもない目標を口に出して種をまいておくのだが、島崎から「それはほら吹きとどう違うのか」と尋ねられれば、成瀬はしばらく考えた後「同じだな」と素直に認めるからおかしい。そんな、何でも挑戦する成瀬の暴走に、気づけば、笑わされ、元気づけられてしまう。

 そして、成瀬からエネルギーをもらっているのは読者だけではない。登場人物たちも彼女から強い影響を受けていくのだ。一番影響を受けているのは、言わずもがな、幼馴染・島崎みゆきだろう。島崎は、自分のことを「成瀬と同じマンションに生まれついた凡人」と評しているが、とてもそうとは思えない。M-1に出ることになれば成瀬を引っ張るようにコンビ名もネタも考えるし、いつも、成瀬の挑戦を近くで見守ろうとする。そして、成瀬にとっても島崎はかけがえのない存在。ふたりの絆を知るにつれ、微笑ましくてたまらなくなる。

 正直、東京で暮らす私にとって、滋賀といえば琵琶湖のイメージしかなかった。恥ずかしながら、西武大津店なんて知らなかったし、平和堂や西川貴教に対する滋賀県民特有の情熱がどのようなものなのかも分かっていない。だけれども、この本を読んでいると、何だか滋賀のことを身近に感じる。琵琶湖のミシガンに乗ったこともないし、近江牛コロッケ定食も食べたことがないのに、地元の物語を読んでいるような気持ちになる。そして、「大津港まで成瀬を探しにいかなくては!」と、そんな気持ちにまでさせられてしまった。

 がむしゃらに駆け抜けていくような成瀬たちの青春はなんて爽快なのだろう。成瀬ほど、鬱屈とした今の時代に求められている主人公はいないのではないか。こんなにも楽しいキャラクターに出会えて本当に幸せだ。あなたも、是非とも、成瀬あかり史の証人になってみてほしい!

文=アサトーミナミ

続編『成瀬は信じた道をいく』のレビューはこちら

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