平穏と隣り合わせの不穏…。元戦闘工作員の男は平和な日常を手に入れることができるのか!?『平和の国の島崎へ』

マンガ

公開日:2023/6/9

平和の国の島崎へ
平和の国の島崎へ』(濱田轟天:原作、瀬下猛:漫画/講談社)

 私たちは、不穏が平穏の隣人である世界に生きている。そう実感させられるマンガが、元兵士が平和と戦場の狭間で生きる物語『平和の国の島崎へ』(濱田轟天:原作、瀬下猛:漫画/講談社)である。

 主人公は国際テロ組織の戦闘工作員だった島崎真悟。組織から脱出し、故郷の日本で平穏な暮らしを手に入れようとするが――。

 戦闘アクションと、彼の求める穏やかな日常という対照的なシーン、そしてその切り替わりが本作の魅力。私が読んでいて感じるのは手に汗を握る興奮と、背筋が凍るような寒気である。何事もなく普通に過ごしている時間のすぐ隣には、悪意や不穏が存在しているのだとリアルに感じられるからだ。

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組織に立ち向かう元戦士の逃走と再生の物語

“海外で苦労して生きてきた”という青年・島崎は、漫画家のアシスタントとして働いており、職場では作業のていねいさやミリタリー関連の知識を重宝がられる。他にもアシスタント仲間のカオリに、彼女の実家である喫茶店のアルバイトも紹介される。一見すると平穏な日々だ。ただ島崎の周りには絶えず不穏が漂う。彼は日本の公安から監視されていたのだ。なぜなら彼は国際社会と敵対する世界的なテロ組織・LELの元戦闘員だったからだ。

 島崎は30年前にLELの起こしたハイジャック事件の唯一の生存者である。当時9歳だった島崎は拉致され、訓練を施されて組織の構成員となり、多くの戦闘、作戦に参加していた。しかしなんとかLELを脱出し、同様に組織から逃れた仲間の元工作員たちと身を寄せ合って暮らしている。

 目立ちたくない島崎だが、その周囲で事件が起こる。自分が師事する漫画家がひったくりに遭うと、彼は複数の暴力団の末端構成員を顔も見せずに倒し、奪われた荷物を取り返す。また喫茶店の客で養護施設の代表であり、活動家だった過去をもつ女性・岡ちゃんが銃をもっていることをガンオイルと火薬の香りから探りあてる。結果、施設を潰そうとする政治家を殺害するテロを未然に防ぐのだった。

 彼は戦闘員だったことを隠して静かに生きたい。だが彼の過去の象徴である戦闘能力を求められる事件が続く。不穏は、平穏のすぐ隣に存在しているからか。はたまた彼の身にしみついた血と硝煙の臭いが不穏を呼び寄せ、暴力を顕在化させているのか。

 やがて、島崎と同様にLELから逃げてきた人間たちが殺される。組織は裏切り者を許さなかったのだ。暗殺部隊の手が伸びてきたことで、彼は平和な国での暮らしを守るため、本気で戦うことを決意する。

「平穏に過ごし、絵を描きたい」島崎の望みは叶うのか

 戦士としての島崎は強く、格好いい。だが平穏な日常パートでの彼もおすすめだ。コーヒー粉を直接煮出し、うわずみに塩を入れて飲む東アフリカのコーヒーの淹れ方を披露したり、今そこにある材料でトルコの屋台料理、サバサンドを作ってみせたりする。彼が世界の戦場で与えられたものは戦闘技術だけではないのだ。

 そして島崎が過去の戦闘の合間に描いてきた絵もいい。戦闘員としての観察眼を生かした描写はプロの漫画家にも褒められる。彼はふとこうつぶやく。

人間は夢想で心をまもります
暴力は人間の心のなかにはふみこめない
暴力にはそのていどの力しかありません

 これは拉致され、戦闘マシーンとして育てられ、戦わされ続けてきた男の心の叫びだ。絵を描くことで、彼は自分を保っていたのかもしれない。

 物悲しいのは、エピソードの最後には毎回、繰り返し「島崎が戦場に復帰するのはこの1年足らず後である」と書かれていることだ。これは文字通りの意味なのか。平穏はすぐ隣にある不穏に侵食されてしまうのか。島崎は結局、故郷で平和な日常を手に入れられないのか。

 できることならば、島崎はコーヒーを飲みつつ自由に絵を描いて暮らしてほしいと願いつつ、物語の結末を見届けようと思う。

文=古林恭

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