暴言を吐くリスになぜ清々しく笑ってしまうのか?『ギャグマンガ日和』最新刊から考察する人間の笑いについて

マンガ

公開日:2023/7/4

ギャグマンガ日和GB
ギャグマンガ日和GB』(増田こうすけ/集英社)

 世の中には実に様々な笑いがある。

 お腹がちぎれるくらいの大笑いがあり、吹き出し笑いや不敵な笑みがあり、シニカルな笑いがある。かと思えば、ほくそ笑みがあり、陰湿な笑いやニヤニヤした笑いがあり、また嘲笑もあれば噴飯ものの笑いもある。人間以外にも、犬やネズミや類人猿も笑うと言われているが、人間ほど豊富な笑い方を持つ生物はいないだろう。

 あるいはただ口角を上げるだけの作り笑顔でも、笑った時と同様のストレス緩和効果があるらしい。しかし折角なら、「ギャグ漫画日和」を読んで、色々な角度から、人間特有の様々な笑いを引き出してもらおうではないか。

 増田こうすけ氏による「ギャグマンガ日和」の新シリーズ『ギャグマンガ日和GB』(集英社)の最新刊7巻が5月2日に発売された。25個の話が収録された7巻から、2つの話をピックアップしてご紹介する。

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暴言だらけ!どんぐり1年分をかけたリスの大レース

 たとえば、あなたが「私に対して自由に悪口を言っても良い」と事前に許可を与えられたとする。あなたは普段与えられていない特権を得たとしめしめ笑い、相手の欠点や、悪癖、素行の悪さ、あるいは母親がどうとか、どこから悪態をつこうかと考えを巡らせるだろう。しかし、その瞬間、はたと思いとどまる。面と向かった相手を前にして悪口を言う、この滅多にない状況に、あなたは一体どれほどの悪口を投げつけることができるだろうか?

 悪口や暴言は、憤りやストレスを感じた時に考えるよりも先にとっさに出るため、使用する言葉が偏ったり、通り一遍になりがちである。おそらく、悪口を言ってもいい許可を得ても、10以上の暴言はなかなか出てこないのではないだろうか?

 そんな悩みをやすやすと解決してくれるのが「第139幕 リスの森の大レース」である。

 暴言をただ吐き続けるリスがどんぐりを懸けてカーレースを繰り広げる姿を見ることになるのだが、彼らの暴言が実に参考になる。一般的に可愛いと分類されるリスと、暴言という組み合わせをまずは楽しみつつ、暴言というものの奥深さを改めて考えさせられることになるだろう。

 暴言を聞かされているだけなのに、なぜか清々しく笑ってしまう。これは、暴言の対象者と面と向かっていること、使われる言葉が紋切り型ではないこと、相手もしっかり言い返していること、などに要因があると思われる。陰湿さが一切ないのだ。ただし、この3つの要因は、相手との信頼関係があってこそ生まれるものなので、要注意だ。実際にリスの大レースの中でも、車に乗っている者同士しか暴言は言っておらず、車から降りた表彰式ではお互いを讃え合うなど、状況を見ながら使い分けの判断をしている点にも注目したい。

 ちなみに、よくある暴言も多数含まれており、「クソ」は11回、「ボケ」は10回、「バカ」は3回、「アホ」は3回などだった。「クソ」や「バカ」が多いのは、他の言葉と組み合わせて使われているケースがほとんどだったためである。単純に、その単語のみで使わないという点も非常に勉強になった。

心の中のひとりツッコミが漏れる、漏れる、漏れる

 ギャグマンガ日和のストーリー展開の形式の一つに、変な状況を見せられている主人公がひたすらツッコミを入れていく、というものがある。

「第147幕 堂々と胸を張って」がその形式に当てはまるだろう。主人公は先生、奇妙な状況を作り出しているのが大会に負けて全国大会に行けなかった部活の生徒たちだ。部活はバレーボールなのか、ハンドボールなのか、バスケなのかバドミントンなのか……そういった詳細は一切語られず、体育館の中で、涙を流す生徒たちに先生が「よくがんばった」と慰めるシーンから始まる。そして、先生の次のセリフで涙を流していた生徒たちが突如、一斉に変貌する。

「堂々と胸を張って帰ろう!」

「はい!」という大きな返事があったかと思うと、次のコマで、生徒たちはぴたりと涙を止め、実に清々しい表情で胸を精一杯張って堂々としだすのだ。さっきまでの悲しみはどこへ…?

 そのあまりの変貌ぶりに先生は困惑し、そこから先生の心の中でのツッコミが始まることになる。その語彙の豊富さと、幅広さと言ったら。バスに乗って自分たちの高校に帰るところまでを描くのだが、文字通り胸を張った生徒たちの行く末が楽しくて仕方ない。心の中でノリツッコミまでしてしまったり、心の中だけにとどまらず、思わず声を大にしてツッコミを入れてしまったりするなど、ギャグマンガ日和らしさが存分に出ている話だった。

 胸に「SUNAO」と書かれているディテールや、素直高等学校の生徒だから、先生の言葉「堂々と胸を張って……」に素直に従っている、など細かいこだわりも多い。

 この話は、4ページで完結する短い話。1冊の中に、「堂々と胸を張って」のように短くスッキリ読めるものもあれば、作り込まれた緻密でページ数の長い話もある。緩急があり、読んでいて飽きが来ない。またファンの多い「うさみちゃん」シリーズや「聖徳太子」シリーズなども収録されており、必見だ。

 最近、落ち込み気味の友人に読ませたところ、「こういうのが欲しかった!」とみるみる元気になってくれた事例もある。

 人生には笑いが必要だ。意味のない、深く考えることなく笑える瞬間がパワーをくれるのだ。時には理不尽で苦しかったり、味気ない日常に心を塞いでしまったりする時もあるかもしれない。しかし、ひとたび笑えば、何とか頑張ってみよう、という生きる活力になるはずだ。

文=奥井雄義

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