「人戀(ひとこ)はば人あやむるこころ」一筋縄ではいかない、奇妙な三角関係の行きつく先は――?

マンガ

公開日:2023/6/26

紺青の恋
紺青の恋』(藤原撫子/ヒーローズ)

 恋愛より趣味が大事。そう思って楽しく人生を謳歌していても、ふいに誰かに心動かされる瞬間というのはある。『紺青の恋』(藤原撫子/ヒーローズ)の主人公・坂井慈(さかい ちか)も、そうした運命の人に出会ってしまった一人だ。

 坂井慈は、葉名市文化ホールの職員として働く32歳の女性。舞台観劇を趣味に、ときめきのある充実した日々を送っていたが――ある日、職場の先輩が退職することになり、仕事を引き継ぐことになる。その打ち合わせで、慈は運命の出会いを果たす。

 その相手とは、デザイナーの男性・榎本聖(えのもと ひじり)。彼は、慈が16歳のときに感じた「人をこれほど好きになったことはない、彼の心を手に入れたいと強く思った」という感覚を呼びおこし、慈に強烈な興味を抱かせた。そして共通の趣味である観劇の話で盛り上がるうち、2人は次第に親しくなっていく。そして16歳のときに感じた「相手のすべてを手に入れたい」と強く思う気持ちを抱く自分に恐怖心を抱きつつも、聖の言動に翻弄されていく。

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 そんな彼女の“自身の気持ちと向き合うきっかけ”となったのが、聖の男友達である伊野だ。慈は最初、聖が手掛けるフライヤーのイラストを担当するビジネスパートナーとして伊野を紹介されている。しかし慈の頭には、“聖のとなりに伊野がいる”光景がしっかりと焼き付いた。

 その伊野も、聖に想いを寄せる一人であることが判明する。聖に向ける視線、そして「恋をするなら殺してしまうくらいの心で」といった意味を持つ有名な短歌「人戀(ひとこ)はば人あやむるこころ」を思わせる感覚を理解し合える伊野をとおして、慈は自分の感情が一般的にいうところの「恋」と呼ぶものなのか、真剣に向き合い始める。

 偶然出会った思い人の横には別の誰かがいて、その人もまた、自分と同じように片思いながら相手を真剣に思っている。その思いの深度や強度はそれぞれだが、そうした三角関係はよくあることだ。この物語も、それだけならば「聖と結ばれるのはどちらだろう?」と一般的な感想を抱いたことだろう。しかし、本作はそれだけでは終わらない。第3話で、聖の口から、伊野が自分のことを好きだと知っている事実が告げられる。そして――。

 恋愛という形は千差万別で、法を犯さない範囲ならばある意味それぞれの自由ともいえる。しかしだからこそ、ときに思いもよらない方向に向かっていくものだ。3人の物語はまだまだ動き出したばかりで、今後の展開がまったく読めない。特に1巻ラストの、慈、伊野の気持ちに気づいたうえでの聖の口から出た一言は、予想だにしていなかった。2人は、聖の言葉を受けてどういった答えを返すのだろうか? 一筋縄ではいかなそうな3人の関係を、ぜひとも最後まで見守りたい。

文=月乃雫


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