「さみしい」は食欲や性欲と同じ生存本能。脳科学者が解き明かす「さみしさ」の秘密と、人に依存しすぎない対処法

暮らし

更新日:2023/10/20

人は、なぜさみしさに苦しむのか?
人は、なぜさみしさに苦しむのか?』(中野信子/アスコム)

 特別なことがあったわけではないのに、さみしい…。日常生活の中では、ふとそんな気持ちになることがある。

 一体なぜ、人はコントロールできないさみしさを感じてしまうのだろうか。『人は、なぜさみしさに苦しむのか?』(中野信子/アスコム)は、その疑問を脳科学的、生物学的な視点から解き明かした一冊だ。

 著者は、脳科学者。大反響となった『サイコパス』(文藝春秋)の著者でもある。本書では、さみしいという感情が生じる理由やさみしさをネガティブなものと捉えてしまう要因を解説。さみしさに振り回されないための対処法も語っている。

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■さみしさは人類が生き延びるための「本能」

 さみしさは心の弱さであると思っている人もいるかもしれないが、著者は人間が生き延びるための仕組みだと訴える。

 例えば、赤ちゃんや幼い子どもは母親の姿が見えなくなった途端、泣き出し、抱きかかえられると泣き止むことがある。これは、ひとりでは生きられないほど未熟な状態であるのに、自分を守ってくれる存在がそばにいないという、大きな生命の危機を「さみしさ」というシグナルで敏感に感じ取り、周りに知らせていると見ることができるそう。

 このことから、さみしさは危険や危機を予測する防御反応であり、同時に「生き延びること」を強く欲する力の源であると考えることができると中野氏は語る。

 人類が生き延びることができたのは、濃密で高度な社会性を持つ集団を作ることに長けていたから。中野氏は、社会的結びつきをより強く維持するために、人類は集団でいる時には心地よさや安心感を抱き、孤立すると居心地が悪くなって不安やさみしさを感じるようになったのではないかと指摘。さみしさは食欲や性欲と同じで、意志の力などで簡単にコントロールできないように仕組まれた「本能」であると考えることができると結論付けている。

 本書では、さみしさを不快だと感じてしまう科学的要因や社会的要因を詳しく解説。自分が抱いているさみしさの本質に気づくヒントが得られる。個人的に考えさせられたのが、ひとりの時にさみしくて不安になるのには脳の思い込みが関係しているのではないかという指摘だ。

 現代はひとりでいても命の危機が迫る時代ではないが、さみしさには生存本能が深く関係しているため、「集団でいることが安全」と脳が認知し、さみしさがこみ上げている可能性もあると中野氏は話す。こんな風に、さみしさの本質を知ることができたら、孤独感に苦しめられる日が減りそうだ。

 なお、中野氏は、人の一生の中でさみしさがどのように湧き起こり、どんな影響を与えていくのかも解説。イヤイヤ期に見られる自立心とさみしさの葛藤や思春期に孤独感が強くなる理由なども知れるので、育児中の親も参考にしてほしい。

■さみしさに振り回されないための対処法

 さみしさはネガティブなものではないが、その感情に振り回されてしまうと、悪意を持った人間につけこまれたり、依存症への逃避が始まったりと、人生に大きな影響が生じてしまうこともある。

 だからこそ、さみしさを感じた時には人として健全な反応だと受け止めつつ、適切な対処法を実践し、心を守っていきたい。

 中野氏が対処法のひとつとして挙げるのが、思考の置き換え。例えば、失恋時など何かを失くした時は「これ以上の人にもう会えない」と悲しみに打ちひしがれることも多いが、これは認知のゆがみ。

 相手を“最高の人”と美化せず、失ったことよりも「そんな人に出会えた自分は幸せだ。出会いの少ないこの時代に、出会いを獲得できた自分は幸運な人間だ」と思うのも手。脳が「本当にそうだ」と思い込み、心が負の方向へ陥ることを食い止める効果が期待できるという。

 なお、パートナーと適切な距離感を保つには、まず生育環境が違えば、心地いいと感じる心の距離にも違いがあることを理解することが大切。自分の気持ちを伝える場合は、「私はあなたにさみしいという気持ちを分かってもらえず、悲しかった」というように、相手を責めずに自分自身を主語にする「I(アイ)メッセージ」であると、言われた側も落ち着いて受け止めやすい。

 本書には、他にも様々なシチュエーションで役立つさみしさへの対処法が紹介されているので、自分に合ったものを見つけてほしい。

“さみしさを感じたら、その感情を否定せず、「このさみしさにも役割があるのだな」と認めてみましょう。さみしいことはみじめだとか、悪いことだという先入観を捨て、さみしさを受け入れていく。さみしさを感じやすいのも、感じにくいのも自分らしさです。”(引用/P278-279)

 このエールが染みる人は、きっと多い。さみしさは克服しなければならないと苦しんでいる人にこそ、本書が届いてほしい。

文=古川諭香

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