痛いほど共感できると話題! “選ばれなかった人々”の後悔や葛藤を描く連作短編集

文芸・カルチャー

公開日:2023/10/6

君に選ばれたい人生だった
君に選ばれたい人生だった』(メンヘラ大学生/KADOKAWA)

 ままならない状況に思わずため息をつきたくなる。そんな瞬間は誰にでもあるだろう。恋に就職活動、そして諦めきれない夢……。人生は思うようにはうまくいかない。Xのフォロワーが33万人超えとSNSで大人気のメンヘラ大学生氏の初小説集『君に選ばれたい人生だった』(KADOKAWA)は、スリーピースロックバンドSaucy Dogの楽曲を題材に、著者独自の解釈で書き下ろされた短編集だ。“選ばれなかった5人”の物語が連作形式で鮮やかに綴られていく。

「あぁ、もう。」の主人公は高校生の有咲。2つ年上の先輩・唯人に一目惚れをした有咲は、幼馴染の誠の協力を得て彼に近づき、少しずつ距離を縮めていった。憧れの先輩とのやり取りに舞い上がるものの、彼の特別な人になることはできない。恋をしたことで輝き出す世界と、思わせぶりな態度に一喜一憂する少女の揺れる心情がリアリティたっぷりに描かれる。

 続く「煙」は長野の大学に進学した唯人の物語。同じ学部の恋人・葉月と初めて一緒に過ごす誕生日という幸せの最中、彼女から2年間のロンドン留学に出発することを告げられた。葉月は強い信念を持って夢に向かって進んでいくが、残された唯人は彼女が隣にいた日々が忘れられず、ふたりの心は徐々にすれ違う。執着心にあふれた男性の激重感情を描いた、筆者の持ち味が光る1編だ。

advertisement

「シンデレラボーイ」は、誠の姉で大学に通う朱里の視点で描かれる。朱里は役者を夢見るフリーターの蓮と付き合っており、舞台のオーディションに挑み続ける彼を応援し、経済的にも支えるために就職活動に励んでいた。だがうまくいかない焦りの中で、蓮に対する妬ましさが生まれてしまい……。

 この作品と対になる「ナイトクロージング」では、蓮側の事情が明かされる。役者を目指して奮闘を続けているものの現実は厳しく、いつしか朱里の応援がプレッシャーになっていた。金銭的な悩みも重なって、小さな嘘を重ねていく蓮と朱里の姿を通じて、理想と現実のはざまでもがく若者の姿があぶり出されている。

 ラストの「ノンフィクション」では、社会人になった誠の姿が描かれる。ワンマンパワハラ所長が上司というブラックな職場で働く誠は疲弊し、同棲中の恋人と一緒に過ごす時間もままならなくなっていく。やがて彼女が昔好きだった人と連絡を取っていることを知り、浮気を疑うが……。

 選ばれなかった痛みや後悔を丁寧に描きながらも、本作はそれだけでは終わらず、“自分の意思で勇気を持って何かを選ぼう”という前向きなメッセージが打ち出されている。圧倒的な共感とともに、読む者の心を勇気づけてくれる、人生に対して希望がわく作品だ。また、各作品を通じて思いがけない人物同士の交差に気づくのも楽しい。これから読書の秋に向けて心に染み入る一冊を探し求めている人は、是非とも書店で本作を選んでみてほしい。

文=嵯峨景子

あわせて読みたい