冷徹な実業家イーロン・マスクの知られざる素顔。父から心を痛めつけられ、学校でいじめられた青年の、SF作品との出会い

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更新日:2023/12/12

イーロン・マスク 上
イーロン・マスク 上』(ウォルター・アイザックソン:著、井口耕二:訳/文藝春秋)

 進化、競争の著しいテック業界で、ひときわ存在感を示す実業家がイーロン・マスクだ。電気自動車メーカーのテスラや、宇宙開発事業を手がけるスペースXなどを創業。2022年10月、短文投稿型SNSのTwitter社を買収し、のちにサービス名をXと改称して議論を呼んだ。

 彼は一体、何者か。その人生に迫るノンフィクション『イーロン・マスク 上』(ウォルター・アイザックソン:著、井口耕二:訳/文藝春秋)が、話題書となっている。

 かつて、世界的ベストセラーとなった『スティーブ・ジョブズ』も手がけた著者が「2年」もの間、マスクと行動を共にして綴ったその内容とは。一部引用の上で、紹介していく。

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 2020年6月、イーロン・マスク率いるスペースXは、民間企業として初めて、有人宇宙船を国際宇宙ステーション(ISS)に到着させた。以降も、精力的にロケット開発を続けているが、マスクはなぜそれほど宇宙にこだわるのか。

 その原点と感じられるのが、幼少期から思春期にかけての、彼にまつわるエピソードの数々だ。

 マスクは幼少期から、現実をシビアに見ていた。信心深いキリスト教徒の父とは正反対で、世界の「物事は科学で説明できる、我々の暮らしをどうこうする造物主や神性を持ち出す必要はない」と考えていたという。

 しかし、中学生になる頃には、自身に「なにかが足りない」と思いはじめる。本書でマスクは「人生にどういう意味があるのかとか宇宙とはなんぞやといったことを考えるようになった」と独白。当時は「めいっぱい落ち込みました。人生に意味なんてないのかもしれないと思って」と振り返るほどだった。

 心が不安定な青春期ならではの壮大な悩み。本の虫であったマスクは、最初に「ニーチェ、ハイデッガー、ショーペンハウアーなどの実在哲学」の本に答えを求めたが、どれも答えを示してくれなかった。そんな彼を救ったのが、数々のSF作品だった。

 なかでも、特筆するべきなのが、アイザック・アシモフによる「ファウンデーション」シリーズ、『ロボットと帝国』だ。作品では「宇宙移民を銀河のかなたへ送る計画」が描かれており、マスクはこれらが「スペースXを作った背景にある」と振り返っている。

 記憶に新しい旧Twitter社での大量解雇騒動など、常に冷静沈着で、一部では“冷徹”とまで称されるイメージのマスクが、青春時代に抱いた葛藤をきっかけに宇宙開発事業に尽力しているとは、意外な一面だ。

 知られざる半生をたどる書籍は『イーロン・マスク 下』へと続く。過去には「治安の悪い南アフリカに生まれ育ち、風変わりな父から心を痛めつけられ、学校や遊び場ではいじめ」にも遭った。自身の原点はそうした苦しみだったとマスクは語るが、壮絶な人生を経て、数々のイノベーションを生み出してきたその歩みはクレイジーではありながらも、強い求心力を持つ。

文=カネコシュウヘイ

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